EP09-04
私が突きつけた
さぁ、どうする。いかに
しかし私の予想に反して、神奈木博士に沈黙はなかった。
そして──。
私を糾弾する言葉も、あるいは説得を試みる様子も、神奈木博士には見られなかった。
では、彼女はどうしたのか。
彼女はただ、お腹を抱えて笑った。
子供のように破顔しながら、甲高い声を上げて。
初めて目にする
「博士、これは冗談ではありません。私は本気です。人を
スツールから立ち上がりざまに絞り出した私の声は、空気が抜けていく風船のように間抜けだった。すらりと伸びた脚を組み替えた神奈木博士は「悪い、思わず」と謝辞を述べる。その姿はどこか鷹揚で、
「まさかこんな形でお前の
私に一切の遠慮がないその笑い方は、あの日の母さんを連想させた。前髪が切り揃った私を見て、屈託のない笑顔を見せてくれた母さん。
気恥ずかしさと憤りを混ぜ合わせて私が詰め寄ると、神奈木博士は私を片手で制して言う。
「お前が初めてだ。雪白ホムラ──確立した
湧き立つ感情に任せて、神奈木博士の両肩を掴んだ。ひんやりと冷えたその肩の、見た目以上に華奢な感触に戸惑いながら、怒声一歩手前の声で問う──「どうか、私に分かるように説明して頂けますか」と。
「
懇願にも似た私の訴えを、神奈木博士は易々と突っぱねる。今さっきまでの大笑いが嘘のような、淡々とした口調だった。一向に主導権を掴めないこの状況に、私は思わず歯噛みする。
両肩を掴んだままの私の手をそっと払い除けて、神奈木博士は続けた。
「そうそう、約束だった。
神奈木博士は、意味不明な数字を提示してみせる。もはや故意に嫌がらせをしているのではないかと疑いたくなるほど、彼女がもたらす情報は断片的だった。しかし
神奈木博士の
神奈木博士に私を告発するつもりはない。早々にそう結論付けようとする私は、お人好しというよりも愚か者なのだろうけれど。
「神奈木博士、聞きたいことが山ほどあります」
「だろうな。
「だったらっ!」
神奈木博士は唐突に立ち上がり、口元に人差し指を立ててみせた。彼女の口元にではなく、私の口元に。
その仕草は、まるで彼のようで。
「その役目は辞退させてもらう。
──私はつくづく邪険に思う。この人もまた、
声を荒らげる理由の全てを、根こそぎ奪われたかのような気持ちだった。
「意外と情熱的なのですね。私はあなたを、もっと
「
神奈木博士は、しみじみとした様子でそう答えた。たった二度の対談で、私が与えられる影響など、たかが知れているというのに──。
それでも私は、漠然と確信する。
私と神奈木博士の
自嘲気味に、私は問う。
「博士、これは一体何の小芝居ですか?」
断定的に、彼女は答える。
「小芝居などではない。世界全体を巻き込んだ超大作だ」
もはや私は、何も問うまい。
その代わりに一つ、神奈木博士に願う。
私が理解出来ない、私の良き理解者に。
「また会えますよね」
「無論。願わくばこの砂場の外で」
神奈木博士はそう答えると、慈しむように私を抱き寄せた。
その行動に戸惑いながらも、私は身を預ける。
──予感はあったのだ。理屈は説明出来なくとも。いつからか私は、深層心理でそれを予測していた。
神奈木博士の懐は、やはりひんやりと冷たかった。彼女のその躰の冷たさは、まるで──。
まるで
それでも私は、嫌悪感を抱くことが出来なかった。
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