EP01-05





 さて、ここで自己紹介。今更ながらになるけれど、簡潔な自己紹介を。

 "雪白ゆきしろホムラ" 

 生体照合ボデパスの際に名乗ったそれが、私のフルネームだ。

 語り手として、そして綴り手として──本当に未熟だけれど、私の物語をありのままに伝えることに尽力する。


 そんな私について、思いつく限りを連々つらつらと羅列してみよう。

 性別は女、年齢は21。人目に付く赤髪、髪型はポニィテイル。極度の低血圧で、身長は163センチちょっと。さすがにもう伸びないと思っていたら、この一年間で一センチほど伸びていた。なけなしの女心から、そろそろ成長が止まって欲しいと切実に願っている。体重は省略。スペースの都合上、どうしても書けないのが残念でならない。


 基本的にインドア派で、友人も極々少数。特にこれといった趣味もなく、現在は恋人も居ない。早くも自己紹介のネタが尽きつつあることに、少なからずの物悲しさを感じている。


 すぐに考え込む悪癖があるけれど、それは妄想に侵食された人メガロマニアたぐいではない。ともかく、時と場所を選ばずに脱線する私の思考は、とどまることを知らない。特技に近く、欠点により近いこの考え癖は、前向きに表現すれば思慮深く、哲学者に向いているのでは、と冗談抜きに思う時がある。


 エリア004に居住し、就職してからは悠々自適な一人暮らし。過去には何度か住み処を変えもしたけれど、思えばそのどれもがエリア004だった。居住エリアを変更する手続きの多さを思えば、ある意味で当然の選択ではある。

 それに帰属意識ノスタルジイとは無縁の私でも、このエリア004が住み良い居住区だという認識は持っている。そして何より、DUMへの通勤圏内にある唯一の居住区だ。だから私は、これからも大海を知らない小娘のままに、住み慣れたエリア004に住み続けるだろう。


 職業はコンダクター。出発前に少しだけ触れた通り、"教員職"の一種である。その詳細については、後ほど説明することになると思うので、ここでは割愛してしまおう。


 この職に就いて二度目の春。

 私はまだまだ駆け出しの身であり、"日々勉強"といった言葉を噛みしめることもしばしばだ。


 そんな私が、本日も無事に勤務先DUMへと到着。


 ──とはいえ、無事じゃない方が難しいのか。


 例えば、携帯端末ワールドリンクが途切れてスバルを呼ぶ手段を失ったとか、通勤途中に何らかのテロ行為に巻き込まれてしまったとか──そういった天文学的な確率よりは、私が朝寝坊する確率の方が何百倍も何千倍も高いわけで、私が寝過ごすことなく起床出来た時点で、ここまでの結果は約束されているとも言える。


 またそんなどうでもいい思考を巡らせながら、エレベータの扉が開くのと同時に現実へと立ち返る。全開まで開け放たれた扉が、先ほどのスバルと同じように「早く降りろ」と急かし立てているように感じた。滅菌スモークの残りかすをゆっくりと吐き出しながら、やれやれといった思いで肩を竦める。


 視線を上げて前方を見据えると、『室内型太陽イン・ザ・サン』の穏やかな陽射しが私を出迎えてくれた。紫外線やら何やらの有害物質を全て取り除いた光は、あの夢の中の黄昏よりも優しいかもしれない。


 目の前に広がるメインガーデンには、色味や高さが均一に整えられた、行儀の良い草花たちが咲き誇っている。規則的に吹き抜けるそよ風が、草花の頭を一斉に右へ左へと揺らしている。まるでクラシックの指揮者のみたいに神経質な風だ。


 サッカーグラウンドを連想させる広大な大地へ、最初の一歩を踏み出した私の頭上を、二羽の鳥の影が颯爽と横切った。ピロピロとご機嫌な鳴き声を響かせ、遥か向こうへと小さく消えていく。


 射し込む光の柔らかさと、飛び込む音の美しさ。

 吹き抜ける風の心地良さと、包み込む薫りの懐かしさ。

 その何もかもが調和された完璧な世界。


 この光景を"楽園"だなんて呼ぶ人間には、残念なことに言語センスが足りないのだと思う。けれど、他に一体どんな呼び名が相応しいだろう。


 どうやら私自身も、センスが足りない人間の一人らしい。あるいは表現力、もしくは感受性とも言える何かが、決定的に欠けているのだ。

 もしもそういった芸術性を補う症状別万能補完剤ケミカルサプリメントが開発されたら、真っ先に試してみる必要があるだろう。


 くだらない冗談に混じって私が浮かべたのは、自分自身への嘲笑だった。やがて大仰な溜め息を吐き出しながら、私は想う。


 ──そうだ、楽園なのだ。ここは。


 少なくともこの光景は、この上澄みの全ては、なのだ。


 あの遠い日、やつれた母さんと幼い私は、救いを求めてこの楽園にやって来た。

 あの夏の日、優しい母さんと無知な私は、永遠の死を持って二つに隔たれた。


 死がもたらす永遠の別れ。悲しいのはそれじゃない。

 死を持ってしても尚足りぬ、死よりも遠い精神的な乖離かいりだ。


 私は戻ってきたのだ。夏草と土の匂い。あの夢の終着点に。

 愚かしくも、馬鹿馬鹿しくも──この場所で生きていくことを選択した。


 その理由? 詩人みたく、自分探しとでも言っておこうか。

 その理由──それは、私が大人になったから……。


 否、私が大人になるために。


 子供だった私は、この楽園の外で待ちぼうけをした。

 大人になろうとする私は、この楽園の中で何を想って生きるのだろう。






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