EP10-06
「しばらくすると
メルという名の少女を、頭の中に思い浮かべる。
「俺がミツキへ寄せていた想いにも、メルはきっと気付いていた。だって最後に会った時、メルはこう言ったのさ。『良いでしょ。私はミツキ博士の中で生きるの』って──初めて見せる悪戯っぽい笑みを浮かべながら。見透かされたのが気恥ずかしくて、憎まれ口を叩くことしか出来なかったよ。メルがミツキを救ってくれることへの感謝も、本当は俺がミツキに献体されたかったということも、何も伝えられなかった。情けない話だろ?」
自嘲気味に問いかけるテラに、返す言葉が見つからない。
「ホムラ、先に言っておくけど、
「──やはり失敗したのか?
この年、母さんはDUMの中でその生涯を終えた。重く昏い、変えることの出来ない過去。
メルという少女が予定通りに
「違うよホムラ。
「──な?」
「メルの臓器は、とても有用に役立てられたと
少しの躊躇いを振り切るように、苦しげな声でテラは続けた。
「メルのカラダは、無駄なく利用された。一番高価な心臓を除いて、隅から隅まで売却された」
私は、思わず立ち上がって訴える。
「母さんは、どうしてそんなに馬鹿なことを? 無慈悲にヒュムの
長い沈黙の中に、荒くなった私の呼吸だけが響いた。
「ホムラ──君と過ごした6年間が、ミツキの何かを変えたのさ。そして皮肉にも、メルは赤髪のヒュムだった。自らの正しさを疑い始めていたミツキが、メルの姿に君を重ねてしまったことは想像に難くない。この点においては、トーマの配慮が足りなかったと言わざるを得ないね」
「──そんなものは、ただの偶然だろ? それに母さんは──母さんは沓琉トーマの正しさを誰よりも信じていた。
突きつけられた真実が、私の思考を掻き乱す。私がヒュムで、
「
「……やり直すって、何を」
「ミツキは、トーマの罪を告発しようとした。トーマが大々的に
それは酷く身勝手で──。
そして酷く浅はかな──。
一時の感情に身を任せた愚かな行為。
もしもそうなったら、ヒュムたちはどうなる?
もしもそうなったら、
終着点の見えない
「彼女の穴だらけの心臓が、結局それを許さなかったけどね」
それっきり、テラは何も言わなかった。
なぜなら、私が泣き崩れたからだ。
その衝動を抑えることは不可能だった。嗚咽は間もなくして慟哭に変わり、私の感情は堰を切ったように延々と流れ続けた。テラが見ている前だというのにも構わず、私は声を上げて泣き続けた。
決壊したダムを思わせるような思想の濁流。暗闇に溺れそうになる中で必死に正しさを探す。掴めそうな枝葉さえ、どこにも見当たらない。母さんが救ったはずの世界の上澄みは、
絶望。憤慨。喪失。悲愴。
不信。冷徹。嫌悪。盲目。
やがてあらゆる感情が抜け落ちた頃、この部屋が静寂を取り戻す。
滲んだ視界の向こうには、すでに『
真実が一つ明かされるたびに、たくさんのものが壊れていった。つまり私はほんの少しだけ、母さんの見ていた景色に近付けたのだろう。縋るようにそう結論付けて、言葉を吐き出す。
「テラ、すまなかった。どうか続けてほしい」
「了解だよ
くつくつと笑いながらも、彼は紳士的な水先案内人だった。私が見せた弱さには、やはり指先一つ触れようとしない。
「今から9年前、歴史上で最も有名な反政府テロ、"
トーマ博士の起こした
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。