Absolute04

【変容──観測と干渉の融解点】

EP12-01





 長い雨だった。

 だから、予感があった。

 何かが起きている。

 あるいは、起き続けている。


 その日の室内型太陽イン・ザ・サンは朝から眠り呆けたまま、自動天候循環ウェザーローテーション土砂降りスコールを選び続けていた。管理された楽園を横殴りする大粒の雫たちを、予定調和を乱す雨ディスコード・レインとでも呼べばいいのだろうか。


 夕刻を過ぎても、雨は止まなかった。

 だから、予感は確信へと変わった。

 私には知らされずに、何かが進んでいる。

 その理由なら、幾つも見つけられる。


 たとえば、神奈木博士がまだDUMの中に滞在していること。

 たとえば、テラの意志がDUMの深い場所で生きていること。

 たとえば、アリスの献体告知アナンシエイションの告知期限が明日に差し迫っていること。

 たとえば、サヨさんが未だに具体策を何一つ私に明かしていないこと。


 じわりと湧き上がる胸騒ぎは、やるせない焦燥感によく似ている。

 私は結局のところ蚊帳の外なのかと、虚しさと絶望が込み上げる。


 美しい楽園を、豪雨が打ち続けていた。

 排出の追いつかない雨粒たちが、少しずつメインガーデンを浸していく。ところどころで小さな川となったそれを、幾つも飛び越えては駆け抜けた。水分をたっぷりと吸った下着が、肌に纏わりついて気持ち悪い。平穏な暮らしで鈍った躰に、衣類の重さがずっしりと堪える。


 あまりの悪天候の物珍しさからか、幾人かのヒュムたちが見物に出ていた。すれ違いざまに、「コテージに戻っていろ」と声を掛ける。その中にはツムギやカリンたちの姿もあった。びしょ濡れの私を見て目を丸くしている彼らにも、やはりコテージに戻るようにと声を掛けた。


 低い場所まで垂れ下がった粘性の水蒸気ハンドメイドクラウドが、視界のあちらこちらを白く覆い隠している。走り去る風が刻んだ霧の切れ間から、雨具バリケードを展開しながら移動する職員たちの姿が見えた。個々人の顔までは判別出来ないものの、首筋に光る頚飾バングルから永久就職リブインを終えたコンダクターたちだと判断する。


 反射的に身を伏せた私に、彼らは気が付いていない。その足取りは、どうやら居住区へと向かっているようだ。つまりは更にその先にある発電区へと、土砂降りスコールの原因調査に向かうのだろう。彼らも今さらながらに、異常事態だと気が付いたに違いない。


 判断の遅さを愚かだと笑うつもりはない。私だってさして変わらないのだから。

 サヨさんやテラの真意を知らなければ、いつも通りに退勤していたことだろう。事実、こんな時間まで残っている職員は少ない。


 頃合いを見て身を起こすと、私の制服はすっかり泥塗れになっていた。こんな状況でイマリと鉢合わせでもしたら、新しい趣味サバイバルゲームに目覚めたと言っても通用しないはず。


 そういえばあの一件以来、熱照射銃ブラスタを携帯するようになった。所詮は護身用に過ぎない代物しろものだけれど、不携帯のままに過ごしていたのは平和ボケの一環なのだと思う。


 私の足が目指している場所は、もちろん中央管理室コア・ルームだ。この混乱に乗じてサヨさんが目指すとすれば、その最上階に位置する倫理の迷宮クノッソス以外には考えられない。

 サヨさんが悲願とするのは、不可侵の領域ブラックボックスへの物理的接触──私はこの異常気象を、人減らしのための陽動作戦カムフラージュだと結論付けていた。


 ごろごろと猫が喉を鳴らすような音と、耳をつんざく激しい雷鳴が交互に轟く。青白く発光スパークする作り物の空には、電極エーテルからはみ出したと思しき電流が三叉の槍トライデントのように突き刺さっていた。

 稲光におののき、躰が竦み上がったその瞬間──まるで神の啓示ダウンフォールのように、一つの疑念が挿し込まれる。




 ──もしかすると、テラと同じミスを辿っているのでは? と。




 代替知能テラテクスは私に聞かせてくれた。生きる治外法権パブリックアウトローが突然DUMに干渉してきた理由を。

 『俺とサヨが手を組んで、ホムラに関係のない場所でエリア004のジレンマを解消してしまいそうだった』からだと──。


 と思い至ったのだ。


 サヨさんはおそらく、必要以上に私を巻き込むことなく全てを終わらそうとしている。現に今、私が定刻通りにDUMから立ち去っていれば、雪白ホムラに反政府主義者テロリストの烙印は残らない。最後に残るものは、せいぜいイマリとの不協和音くらいだろう。


 つまりそれは、

 サヨさんと合流出来たところで、


 杞憂の可能性なら大いにある。

 それでも。

 一度頭をもたげた可能性を、見なかったことには出来ない。


 神奈木博士は中立ニュートラルなのだ。

 沓琉トーマの思想実験を成立させるための中庸的存在。

 108つのジレンマを司る絶対の審判員アレクサンダー


 エリアに定められたジレンマを書き換えるならば、新世界の片脚ワールドトリガが積極的に関与する必要がある。その掟こそを、生きる治外法権パブリックアウトローが持つ唯一のジレンマとするならば、私を出し抜く保護するようなこのやり方では、サヨさんやテラの反政府行為テロが妨害される可能性は高い。


 そう気付けたことは、まさに神の啓示ダウンフォール──それとも堕天使の思い付きエンジェルダストと言うべきか。


 ならば、どうする?

 答えは一つしかない。


 彼女に観測してもらうのだ。

 観測者ザ・ワンである神奈木コトハに、新世界の片脚ワールドトリガである雪白ホムラと行動を共にさせるのだ。


 私が選んだ生き方スタンスならば、神奈木博士は私たちエリア004の行く末を見届けるしかないはずだから──。


 偽りの大地を思いきり蹴り飛ばして、進行方向を左へと変える。

 私が目指すべきは、中央管理室コア・ルームではなかった。

 居住区と真反対に位置する資材庫──神奈木博士の仮住まいだ。




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