EP02-02
『ヒュム』とは、『ヒューマンマテリア』の略称である。
『
現代医学をもってしても治癒の難しい内蔵疾患や、再生分野が遠く及ばない重篤な外的損傷──『
そのヒュムたちを生成し育成する場所──それがここ"
アゲハとアリスは双子のヒュムだ。性格こそ正反対みたいに違うけれど、外見はほとんど同じ。赤いワンピースのアゲハに、青いワンピースのアリス。色も輝きも瓜二つの、大きなエメラルド色の瞳。
彼女たちは、この楽園で生まれこの楽園で死んでいく。ヒュムがDUMの外に出ることは、政府によって"
つまりアゲハもアリスも、外の世界に出られるのは誰かの体に献体された後ということになる。果たしてそれを、"外に出られる"と表現して良いものかどうかは分からないけれど、私たちはその行為を『
そう名付けて、教えているのだ。誰かに献体されることこそが、何よりも善い行いであり、何よりも尊いあなたたちの使命なのだと……。
自分たちの生命を維持するために、
これは人類全体に課された、考えれば考えるほどに憂鬱で複雑な問題なのだ。
政府によって飼い慣らされた人間たち(失礼、決して
人間の根本に摺り込まれた倫理的な価値観と道徳観を覆すには、さすがの政府も一筋縄ではいかなかったようだ。大小様々な
そんな中で私の母さん──
DUMの設立に理解を求めた母さんは、世界各地で精力的に講演を開き、反対派の意見を一つ一つ説き伏せていった。母さんは、いずれ誰もが病死と無縁になる
私個人としては、そういった人々の反応が、母さんによって齎された恣意的な拡大解釈だった可能性は充分にあると考えている。「私には関係が無い」「私は蚊帳の外だから大丈夫」──といった傍観者に近い
けれど、母さんが病床で浮かべるその表情には、悲しみや後悔の色など微塵もなかった。むしろ、母さんの柔らかな微笑みや言葉の端々からは、満足感や誇らしさのようなものが滲み出ていたように思う。
「いい? ホムラ。人間を救うのは、存在するはずのない神様や信仰の
現在の私は、母さんの微笑みを思い返す度に、強烈な嫌悪感に晒される。
──どんっ。
物思いに耽る私の背に、勢い良く何かがぶつかって来た。視界に揺れる赤いワンピース。私の背中に衝撃を与えたのはアゲハだった。
「あいたっ。ごめんねーホムラちゃん。チョウチョ追いかけてたのー」
「いや、アゲハの方こそ、大丈夫か?」
メインガーデンのあちこちには、ひらひらとモンシロチョウが舞っている。それは園内の季節が、プログラム通り正常に保たれている証拠だ。
外界とは完全に隔離されているものの、メインガーデンの季節は外部の季節と見事に
モンシロチョウが飛ぶだけでこんなにも興奮してくれるなら、今度ホタルの導入でもリクエストしてみようか。
私の心配を
「あーあ、アゲハは気楽でいいよなー」
その様子を見ていたアリスが、不機嫌そうに足元の小石を蹴り飛ばした。薄桃色の唇の先がつんと尖っている。
「やっぱりあたしら、双子とは思えないよ。ほんとにアゲハは理解不能」
落ち込んだ低いトーンでそう呟くアリス。こちらはサヨさんの言葉をかなり気にしているようだった。普段はやたらとクールなアリスだけれど、これでいて結構繊細なのだ。実際私も、アリスのこういった姿を何度か目にしたことがある。
「すまないアリス。気分の悪い朝にしてしまった」
アリスは何も言わずに、私の眼を真っ直ぐに見据えた。その物言わぬエメラルドの瞳は、何を思っているのだろう。
「どうせ私たちは」だろうか。それとも「ホムラには分からないよ」だろうか。少なくとも、「ホムラのせいじゃないよ」という眼差しでないのだけは確かだ。
肌寒い風がふいに頬に刺さる。周囲を見渡すと、中空に立ち込めたいくつかの
どうやら
口元を尖らせたままのアリスと、モンシロチョウに夢中で駆け回るアゲハに、なるべく早く部屋に戻るように告げてから
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