EP12-04
理解というものは、感情よりも少しだけ遅れてやってくる。衝動に任せてサヨさんの元へ駆け寄ろうとした私の腕を、テラが強引に掴んで引き戻した。
「手を離せ! サヨさんが!」
みっともなく喚き散らす私の頬を、テラがぴしゃりと張る。
ひりつく痛みが、私をどうにか我に返らせた。
「とりあえず落ち着け。おそらく致命傷じゃない」
これほどまでに真剣な眼差しのテラを初めて見る。恐る恐るサヨさんの様子を窺うと、負傷しているのは腕や脚が中心のようだった。けれどその顔面は蒼白だ。複数の銃創からは、今も朱みが溢れ続けている。
「私を前にして仲間割れかね? 交渉の余地など、どの道多くは残されていないが」
私の髪を乾かす
「テラ
私のすぐ隣で自身を嘲るテラの独り言を、ゲントク老師が拾い上げる。齢八十を越えた躰にしては、随分と聴覚が鋭い。
「しとしとと長雨が降れば、誰に倣わずとも
深淵を覗き込むような黒い瞳が、私たちの姿を順に観察する。このDUMを取り纏める
「しかし年寄りの悪い予感が杞憂で済まされなかったことに、心から胸を痛めるよ。まさか
「老師、発言を撤回してください」
私は思わず身を乗り出して言う。
サヨさんは他の誰よりも、このエリア004で繰り返される
「雪白ホムラよ、深く学びなさい。絶妙なバランスの上に成り立つ安寧の時代を壊そうとする者は、たとえ誰であろうとも戦争狂だ」
老師の
更に大きく身を乗り出しかけた私の肩を、テラがぐいと引き寄せて制する。それでも私の余勢は止まらず、雄弁に言い放った。
「この世界を支えているのは、バランスじゃなくてジレンマです。それにサヨさんは、この世界を変えようとしている──破壊とは明確に異なります」
「爺さん、ホムラの言うとおりだよ。
痛快な皮肉を零しながら、テラは
「いつの時代も、若者とは詭弁に溺れるもの。
四機の
「テラ、やめなさい。ホムラも……どうか引き返して──」
血に染まった腕を必死に伸ばして、呻くようにサヨさんが言う。青白い顔のサヨさんに向けて、私は精一杯の笑顔を返した。それは酷くぎこちなくて、不格好な微笑みだろう。
再び前を向いて、じりじりと距離を詰める。中空の
私たちの行動を一笑に付しながら、ゲントク老師はやれやれと肩を落としてみせる。
「銃を構えたところで撃てはしない。現に天語サヨも、私を撃てなかった。自らの理想を貫く価値と、他人の
「躊躇したのは爺さんも同じだろ? ほらその証拠に、サヨはまだ息をしてるよ?」
生殺与奪の権を握る老師に、臆することもなくテラは続ける。
「
「それも詭弁だ。私の心は──世界の
「本当にそうなのかな。沓琉トーマが、あなたのような偉人の魂までも書き換えられたとは到底思えないんだよ」
久しく響いた魂という言葉に、私たちの誰もが目を
魂。
それは長い時間、この世界から抜け落ちていた概念だ。
もしかするとそれは、
心よりも深く、躰とはまた違う場所に在るとされる──解明不能の
「魂を語る
独りごちるように口を開いた神奈木博士に、テラが言う。
「だから言っただろ。あなたが
テラの発言を受けて、神奈木博士は哀しそうに俯いた。
しかしすぐに──心底嬉しそうに微笑む。
それはきっと、
「やはり私は、
それはきっと。
それはきっと──。
私たちの不器用な
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。