Absolute02
【不断──空を知らずに死んでいく。罪悪の箱に残るものは】
EP06-01
目まぐるしくという言葉が、この場合適切であるのかどうかは定かでないにしても、少なくとも私にとって、心中穏やかではいられない出来事が立て続けに起こった。
まず一つ目は、テラの隔離である。
神奈木博士と出会ったその二日後、テラは隔離及び監視対象として電子牢へ収監された。先日のサヨさんの言葉を
テラの罪状は、DUMの
その罪状までもが、
神奈木博士が、政府からの要望通り隠者のように身を潜めていれば──要するに、秘密裏に
その神奈木博士は、非常勤ながらも暫くの間このDUM内に留まるつもりのようだ。おそらくは、それさえもが彼女の独断なのだろう。政府にとっての神奈木博士は、扱いづらい駒のような存在なのだと推測する。
ともかく、神奈木博士が私へとちらつかせた真実の片鱗と、あの時のサヨさんの発言を繋ぎ合わせて推測すれば、テラが
しかしこの推論が真実であるならば、どうしても腑に落ちないこと一つがある。
──
その一点において、どうしても理屈をつけることが出来なかった。
例えば、
もしもテラに、
そして何より──テラは死にたがっていたはずなのだ。
私は迷わず、テラとの面会をサヨさんに申し出た。しかし当然ながら、サヨさんは首を縦に振ることはなかった。聞き分けのない子供のように食い下がろうとする私をいなすこともなく、真正面から私を咎めるサヨさん。
「老師に確認を取るまでもなく、面会の許される状況ではないと判断します。彼の
「──
「……
まるで汚れ役だ。
「サヨさんは聞いていましたよね。
「思い至ることと、証明出来ることは違います」
「誤魔化さないでください。
感情的に訴える私に、サヨさんは憐れむような視線を送った。
「裁かれたいがために罪を犯す心理は、決して破綻してはいないでしょう?」
私はそれ以上、何も言う気になれなかった。失望にも似た感情が、私の胸の内を浸していく。客観的な目で見れば、サヨさんの捉え方は正論なのかもしれない。そもそもテラが死にたがっているという事実さえも、私の主観による思い込みかもしれないのだ。
自分自身を客観視することも出来ない未熟な私は、それ以上の言葉を持たなかった。ただ黙ってその場を立ち去る私の背中は、サヨさんの瞳にどのように映っていただろうか。
そんな私に追い打ちをかけるように、二つ目の事件が起こる。
テラの隔離から更にその二日後──およそ四ヶ月ぶりとなる
献体予定日は二十六日後──対象への告知猶予は二週間。
始業前のアップデートの後で、
──ああ、どうして。どうしてよりにもよって、アリスなんだ。
ヒュム個人に対して特別な思い入れを持つことは、もちろん
けれど、けれどそれでも──。私は、口腔を満たす鉄の味で我に返った。どうやら無意識の内に、唇を強く噛みしめていたらしい。
倒錯した感情が、私を支配する。
──
──否、せめて
DUMの
今さらながらに恐怖する私は愚かだ。
私やイマリにも、いつかその役目が訪れるというのに。
私なんかの憶測も及ばない深淵に、サヨさんは居る。他のコンダクターも、そしてゲントク老師も──今まで一体、どれだけの数の
こんな私でも、いつかは慣れる?
当然の摂理だと、いつかは受け入れてしまえる?
サヨさんを思い返す。いつも冷静沈着な彼女の様子を。
そうだ、もしかすると、私よりも情報の権限を持っているサヨさんならば、もっと前からこの事実を知っていたのではないか。たとえば、イマリが神奈木博士を目撃したあの日には、大筋の流れとしてここまでのシナリオを知っていた──カウンセリングルームで私が感じたサヨさんの苛立ちや焦燥は、それに起因するものではないか。少なくとも、その一因だったのではないか。
そう思いたかった。暗闇に射し込む一条の光のように、サヨさんの中に拭えない戸惑いを見出したかった。せめてそうであってくれなければ、アリスにとっては余りにも報われない事実じゃないか。
サヨさんの情緒不安定を願う最低な私。止め処なく暴走する思考の波が、目眩となって私を襲う。
『サヨさん、私に少しお時間を頂けませんか』
飛ばした
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。