第4話 椀と槍と風車

 

 最初の三人が下がろうとした時、住職は手をげて娘を呼び止めた。


「そなたはここになされ。次もそなたじゃ。」

 二つ目の宝の、わんを用意させた。この少女が今回一人だけ、二つの宝を引き当てたようだ。


「どれ、見せておくれ。」

 少女が椀を持ち上げると、しげしげと住職が椀をのぞき込む。


「ひっくり返してくれんか?そう・・・そう底の方かもしれぬ。」

 椀の外側の底を見てみると

「おぉ・・おおそうかそうか、ここにおったか」

 住職がうなづく。


「ちょっとよろしいか?・・・ふむ。」

 奉行ものぞき込む。目を細めて

「・・・確かに、確認しました。」


「今日はどちらからおでになった?」

 住職が少女にたずねた。


獅子谷村ししやむらにございます。」


「これはまたぁ、山の中から・・・ああいや、失礼しつれい。うむ、まこと結構けっこう。さぁ下がって少し待っていてくだれ」

 少女は椀を置いて下がることになった。

 

 次に風車かざぐるまが運ばれてきた。


 呼ばれたのは商人とおぼしき年配の男とユウジだ。 


 ユウジは頭のはしっこで思った。


 呼ばれないオキは大剣か槍を引いたということか。


 年配の男が風車を住職に見せている。



「うーむ。ではそなたが見せてくれんかの?」

 ユウジに風車が手渡された。


 ぽッと一瞬光って羽がくるくると回った。


「おっ!」

 後ろで若様が思わず声をだしたらしい。


「おやおやめずらしいの。どれ・・・相分あいわかった。お奉行殿・・・・ふむ。よし次にいたそう。」


 え? これで終わりか?ユウジは肩透かしを喰らった気がした。



 四番目の宝は人の背丈程せたけほどもある大剣だ。

 

 屈強くっきょうな中年男が、いどむように立ち上がった。


 武芸者ぶげいしゃと呼ぶにふさわしいその姿は、立派なひげたくわえ、威厳いげんに満ちている。


 彼が片手でつかつかむと、周囲の者たちはなるほどこういう御仁ごじんならこのような得物えものさまになるものかとその迫力に目を見張みはった。

 

 刀身が大きいものだから、住職も目当てのものが見つかりにくいらしい。 


「おっおおっ」男がうめく。


「そちらか。」住職が男の手元にメガネを向ける。


「こっこれはワシの・・。」


「言うてはなりませぬ。なりませんぞ」


「だがしっかり・・そして」


「それ以上は。」


 ズドッ。武芸者らしき男はいきなりかたからくずれ落ちた。


 大江 ロクロウだ。刀を返して峰打みねうちを当てていた。いつの間に現れたのか。


「のう。痛い思いをすると言うたのに。」


 武芸者が侍たちに運ばれていく。


 この男もかなりの手練てだれだろうに。大江という男はいったいどれほどの腕前うでまえなのだろうか。


 そもそもいつから部屋にいたのか。


「そちらの方も気をつけていただきたい。」

 住職が沖に目を向ける。


 沖が静かに会釈を返すと、最後の宝、槍が運ばれてきた。

「よろしいかな?」


 沖はスックと立ち上がり、住職の前に正座した。少し後ろに下がり、ゆっくりと両手でを持って持ち上げた。


 音がする。羽音はおとだろうか。なんだか重い羽音。そして沖の刀にチラチラとする黄色い光。


「ほう・・・。これじゃな。」


御免ごめん。」奉行は沖の右側に移動しのぞき込んだ。


「間違いないようですな。住職」


「ええ、ええ結構でござる。もうよろしいですよ」


 これで、検分は済んだようだ。沖が槍を元に戻して下がる。その時、チラとこちらを見たようにユウジは感じた。


 最後の槍が本堂の外へ運ばれ行く間に、住職は紙に何かを筆で書いて御蔵奉行に差し出した。

 

 奉行は一読いちどくすると、「同意いたします。」と文机で判を押し、若様の御前おんまえににじり寄って、頭をさげ手渡した。

「今回は、このような結果と鑑定いたします。」

 住職が手をつき頭をさげると、


「ふむ、大儀たいぎであった。」

 若様は笑顔で言い放ち、奉行とともに奥の間へ消えていった。


 住職は七人の方をひらりと向き直ると、

「今日はご苦労でござった。沖殿、片城かたき殿そして獅子谷村ししやむらのサヤ殿はこの場に残られたい。後の方々はこの場にてご勘弁かんべんを。土産みやげを用意しておるでな。持って帰ってくだされ。」


 少し後、


 別室に通された三人は、茶を振る舞われながら待っていた。ユウジは奇妙なことだと感じていた。


 オレは名乗ってはおらぬ。番号札を見せただけだ。


 鑑定の際、風車がパッと光り、ひとりでにクルクルと回った。それに気を取られている間に、の部分に何か書いてあるように見えたが、住職はすぐに鑑定を終えてしまったのだ。


 沖に「貴様きさまは何か見えたか?」と訊いてみようかと思ったが、まだ仏頂面ぶっちょうづらで目を閉じて腕組うでぐみをしている。もうひとりの村娘は、茶菓子に夢中だ。二人にいちいち説明して訊いてみるのは面倒くさい気がして黙っていた。


 住職がひとり入ってきて三人に向き合った。

「いや、お待たせしたな。拙僧せっそうはジカイと申しましてな、かさねのお家とは少々しょうしょうゆかりのある者でござる。今日は、よく鑑定を通り抜けられましたな。しかも今回はお三方とも初めてとお見受けする。」

 ジカイ和尚は自分の前にある茶を口に運んだ。


御坊ごぼう、ひとつおうかがいしたいことがあるのですが。」

 沖が口を開いた。


「お名前を呼んだことかな?」


「そうです。私は名乗なのったつもりはない。」 


 そうだ!オレもだとユウジは思った。


 サヤと呼ばれた村娘もジッとこちらを見ている。


 和尚はゆっくり茶碗ちゃわんを手元に置くと

「宝がの・・・名乗るのよ。」


「名乗る?」ユウジはそう声を出してしまった。


 ジカイは茶をもう一口飲み、

「そう、宝が己自身の名とな、己を所持する資格を持つ者の名をその身にしめす。」

 

 示すだと、あの文字らしきものか?

「私はよく見えませんでした。」ユウジが言うと

「ワシが見せなんだのよ。」ジカイが笑った。


そして

「そう・・示され方がある。宝がどこまで資格ある者の名を開示かいじしているか・・・とも言うかのう。うかつにすべて読み上げると危険な場合がある。」


「あの武芸者は、読もうとしたのですか?」


「のう、痛かったろうに。」

 ジカイはカカと笑う。


「ウチは何か見えたけど、読めんでした。」

 村娘は字が読めないのだろう。


「それでも約束を守って声を出さずにいてくれたじゃろう?」

 ジカイはフフフと笑う。

「ケガなく何事もないのが一番じゃ。」


「なんだかむずかしいです。話が見えない。」

 沖がつぶやいた。


 すると、ジカイ和尚がそうよのうと白いあごひげをなでながら話始めた。

「これより先が伝えたかったことじゃ。」

 ゆっくりと茶碗を置くと

「まず、この国における名づけの方法を知っとるじゃろう?大名から農民まで近くの神社か寺に相談することになっておるな。簡単に決めておると思うかもしれんが、とある方法で啓示けいじを受けておるのだ。それが字、いわば通り名じゃ。」


「私でいうところのユウジ。」


「そう、片城家かたきけのユウジ・・というようにな。」

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