第97話 娘と魂

六年前、勇那いさなの国、獅子谷村ししやむらの外れ 雷蔵の旅籠はたご


 ムミョウ丸達は獅子谷村ししやむらの外れの雷蔵の旅籠はたごに連れ込まれた。そこで待っていた男がいる。


 ジカイ和尚、その人である。


「おお、ナツキ殿、無事であったか!」

 あがりこまちで腰をおろしていたが、二人の姿を見るなり飛び上がった。

 そして、眠っているムミョウ丸を見つけると

「おいたわしや。」

 お辰に二人の身を清められるよう頼んだ。


 ジカイは振り返りサヤに

「そなたがあの二人を見つけてくれたのかいの?」

 サヤは直感で悟った。

「お坊様!ムミョウ丸はどこかに連れていかれるんですか?」

 お城に連れて行かれるなら、迎えは多分この人だ。


 ジカイ和尚はあごひげをいじりながら目を細めた。

「まずは礼を言わせてくれんかの。・・・ありがとう。」

「お坊様!ムミョウ丸は?」


 和尚はフフと苦笑いをすると

「あの子は・・・ムミョウ丸という子は城の大殿様の客人なのじゃ。」

「そんなの知らない!」


「これっ!サヤ!ジカイ様、ご無礼を。」

 雷蔵がいつにない厳しい顔をしてサヤの腕をつかみ連れ出そうとする。

「いや、良い。雷蔵、放しておやり。・・・なぁ、サヤとやら、そこにお座り。」

 サヤは雷蔵の手を離れ、言われた場所に正座する。


「そなた、一座と旅をして、ムミョウ丸についていろいろと見知っておろう?」

「・・・・・。」

 サヤお得意のだんまりだ。しかしジカイは気にせず続ける。

「一番大きなことは・・・そう、年のことよな?」

「はい。」

 ジカイは、ハッと手のひらで言葉を制する。

「そうそう、みなまで言うな。ここでははばかられる。」

 若がえりのことは口にするなということらしい。


「そして、ワケの分からない化け物や、他国の物騒な連中にその身を狙われておる。」

 サヤはクモモドキや赤鎧のことを思い出した。ゆっくりうなづく。

 それを見たジカイは、

「そこで提案なのだが、ワシらに彼を預けてくれんかの?」

「なんで?!」

 なぜ、そうなる。11歳のサヤはまだ納得できぬらしい。

「ワシらは化け物はともかく、他国の連中からは彼を守ることはできる。そなたより、確実にじゃ。」

「私だって!」

 サヤは懐剣の袋を握った。

「ほほう。すばらしきお宝を持っておられるな。でも、うら若き娘御には荷が重かろうて。」

 ジカイの右手にはいつのまにか虫眼鏡が握られていた。


「どれ、詫びとしては何だが、拙僧せっそうが手相を観て進ぜよう。」

 ジカイはふらりとサヤの隣に腰かける。

拙僧せっそうの占いは運勢どころか魂まで見えるというシロモノですぞ。」

 と慣れた手つきでその右手をとり虫眼鏡を右目で覗きこむ。


「あっ!」

 ジカイは土間に転げ落ちた。雷蔵が慌てて助け起こすがジカイは震えている。

 ジカイは我に返ると同時に、土間の土に頭をこすりつけ平伏している。

「お坊様!」

 サヤ自身、ワケが分からない。


 ジカイの口からは震える声で詫びが漏れる。

「まさか、このようなところにおわすとは、思いもつかなんだのです。ひらにご容赦ようしゃを。」

 どうやら、ジカイは右目が焼けてしまったらしい。

「ろっ六年お待ちくだされ。」

「六年?」

 サヤも動揺が隠せない。

「六年も経てば、ムミョウ丸様も新しく折り返してこられるはず。その時まで、不肖、この勇那いさなかさねが身命をかけて、その御身おんみをお守りいたします。どうか、どうか、お許し願いたてまつりまする。」

 サヤはワケが分からないが、はいと答えた。

「ありがとうございまする。」

 それきり、ジカイは平伏したまま動かない。たまりかねた雷蔵がお辰を呼ぶ。

 夫婦は話し合い、サヤを別室に連れていった。


 サヤが去ったことを説明してようやくジカイは顔をあげた。

迂闊うかつであった。」

 ジカイの額には土間の土がついている。

迂闊うかつ?」雷蔵には分からない。

「直接見てはいけないものを観てしまったのよ。この右目はその代償じゃ。」

 雷蔵は気付けとばかりに椀に入った水を差し出す。ジカイはそれを受け取って飲み干してしまった。

 あまりのことに喉がカラカラだったのだ。

 すると、右目から湯気があがり、それは元のように見えるようになった。

「こっこれは・・・。」

「サヤが、よく分からないけれどお坊様がケガをしてはいけないから、こうしてくれと。」


 ジカイは足を崩してひと息ついた。

「雷蔵よ。命令を変える。これからおぬしら夫婦の第一の使命はサヤ殿の御身おんみを守ることじゃ。六年後、ワシは宝引きを行う。その時にサヤ殿の持つお宝を預かりワシに届けよ。自然な形で城に招けるようワシが取りはからう。」

「サヤはこれまで通りの待遇でよろしいので?」

「うむ。任せる。しかし、大事にしてやってくれ。」

「娘と思っておりますれば。」

 雷蔵とお辰に任せればよいなと思いジカイは立ち上がり椀を返した。


「しかし、サヤ殿のムミョウ丸様への執着しゅうちゃくの強さ、なるほどのう。これは当たり前のことじゃ。」

「何か言われましたか?」

 雷蔵が訝し気に聞いた。


「魂でつながっておるのよ。遠い昔からな。」

 しかも、最初は母子おやこであったのだから。

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