第96話 目印と傷
サヤの怒り炎の矛先は赤い鎧にぶつかった。
騎馬武者は馬から転げ落ちる。
サヤは、そんなことはどうでもいいと、走り出した。
ムミョウ丸は生きていた。ムミョウ丸がいる。
気づけば抱きしめていた。
「あんた、どこにおったと?」
ムミョウ丸は何も言わない。
聞きたいことは山ほどある。
しかし、この抱きしめる感触の先にある彼の
ああ、無事だった。
「何で、いなくなったと?」
ムミョウ丸は何も言わない。悲しそうな目をするだけだ。
「ご家族の方ですか?」
ムミョウ丸と手をつないで逃げていた少女が声をかけてきた。
薄汚れてはいるが、服装はきちんとしていてどこかの武家の娘だろう。
帯に笛らしきものを差している。
瑠璃色、透き通るような白い肌。同性でも見惚れるほどの美しさ。
しかし、この娘、目の焦点があってない。
「私、
目が見えないから、手をつないでいたのか?それにしてもきれいな女性だ。
なんだか納得できるようなしたくないような。サヤは判然としない。
「
大人たちが言っていた。
「その通りです。あなたはどちらの?」
「今は、
そう、サヤが答えると、奈月の顔色が変わった。
「もし、もしご存じなら教えてください。シロウ様・・・若様はご無事ですか?」
「お城の若様は一月前に無事に見つかったと聞きます。」
「ああぁ、良かった。」
その時だった、サヤの首に向かって伸びる銀に光る刃。
「ぐっ!」
血が飛んだ。しかしサヤの血ではない。
その槍はムミョウ丸の肩が止めていた。
「小僧!」
先ほどの
鎧の男は再び槍を手元に構える。
同時に煙幕があがった。
赤鎧は頬当てを手で押さえている。顔の前で何かが破裂したようだ。
「こっちだ!」
聞き覚えのある声が、三人を誘った。
雷蔵だ。
「やっと見つけた!
煙の中、斬り合いをしているらしい。
それが風で晴れた時、忍び
「煙の中じゃ、槍も間合いが
雷蔵の腕の中で、ムミョウ丸が左肩を押さえて荒い息をしている。
サヤは駆け寄り、袂に手を入れようとする。しかし、
「傷はそのままにしておいてくれないかな?」
ムミョウ丸はサヤの手を握った。汗ばんで、震えているのが分かる、痛いのだ。
「僕は、皆に黙っていなくなって心配をかけた。これはその報いだ。」
「こんな報いなど意味はないよ。治してもらえるからね。ねっ?」
するとムミョウ丸は力なく微笑むと
「これから僕は小さくなって、何年も話すことも歩くこともできなくなる。でももし、また君とはぐれたたらこの傷を目印にしてほしい。」
「ムミョウ丸、あんた、何言いよっと?」
サヤの蒸気した紅い頬には光るものがあった。
「僕は、また君に会いたい。」
ムミョウ丸はそう言って目を閉じた。
「サヤ様、傷の痛みを消して止血、消毒を行いました。・・・そして傷跡は望み通りに。さあ、寝かせてさしあげましょう。」
サヤは手ぬぐいで丁寧に血を拭きとると、その傷口をしっかりと目に焼き付けた。
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