第19話 仮説と太鼓


虎成とらなり城 


「・・・以上が、東の朧藤おぼろふじおよび結綱ゆづなとの国境くにざかいでの小競り合いに関する兄君様からの連絡つなぎにございます。」


 ロクロウが朝の執務部屋しつむべやにて主君のシロウに報告していた。


「かつての朧藤おぼろふじ結綱ゆづなの二か国を治める寿八馬ひさやま氏とて、ク海のせいで今やその所領はかつての三分の一程度。相当に苦しいか。」


 若様であるシロウは脇息きょうそく頬杖ほおづえをついている。


「ウチも同じじゃがの。西の虎河こが相変あいかわわらずか?」


 扇子せんすで左の方をヒラヒラと指す。


「最近、渡上とがみ虎河こがは、その北の五百いおの国と何やら文のり取りをしているようです。」


 シロウの扇子がピタと止まった。


「ほう・・・数年前に虎河こがは当主が変わったよな?」

 頬杖をつく右手の人差し指が記憶を引き出すようにこめかみを叩く。


「はい、現在の当主は朔夜介さくやのすけと称される御仁かと。これがやり手だと中々の評判で。」

 ロクロウはサラサラと淀みなく伝える。


「うむ。それが五百いお朝御代守あさみよのかみとコソコソしとると・・・。」


 五百いおの国の当主、咬延かみのぶ朝御代守あさみよのかみは素性のわからぬ大名だ。

 ただ一代でのし上がった梟雄きょうゆうだと聞く。


「この二人、ろくなことではないでしょうが・・・。」 


「まぁ、おもしろくはないの。しかしこれは今の我の領分ではない。」

 扇子を膝の上に置いた。


「お言葉ではございますが、その内緒話はク海と宝、そして塩などが絡むのかもしれません。」


 シロウの人差し指は今度はもみあげをカリカリと掻いていた。目をつむって辟易へきえきしている。

「やっぱりのぉ。しっかり探っておいてくれ。」


御意ぎょいにございます。」

 ロクロウはすかさず頭を垂れる。


「それでな、ここからは本領じゃが、拾ったアレはどうだった?」

 シロウは扇子を握ってぴょこぴょこ上下に振っている。


「結論から申しますと若の仮説は正解にございました。」


 扇子を放りだして身を乗り出してきた。

「出たか?」

「はい。こじ開けるのに苦労いたしました。」

 さらに身を乗り出す。

「して、中身は?」

 

 近い、顔が近いとロクロウは内心失笑した。

太鼓たいこでございます。」

「太鼓ーっ?!」

 若様は後ろにひっくり返った。


「武器じゃないんかぁー!」若様叫ぶ。


「はい、何と言いますか、二つの玉が紐でつながっていて、こうクルクル回してぶつけて鳴らすものでして。」


 ガバッと体を起こす。

「ああん?!でんでん太鼓じゃないかぁっ!」


「はい、振太鼓ふりだいこにございます。こう赤ん坊の遊ぶ、あの。今、ジカイ様に預けております。」

 ロクロウは、でんでん太鼓を持って振るマネをした。


「大叔父上にか。分かった。・・・はぁ、まぁよう見てくれるじゃろう。」

 ジカイ和尚はシロウの父方の祖父の弟である。


「これで、仇花アダバナは宝を生み出すことは確認が取れました。若の仮説通りです。」

「仇のやつらに宝でしかまともに抗えんわけよ。根が同じとはの。」

 シロウの目はもう笑っていなかった。



「失礼します。良ろしゅうございますか?」

 ふすまの向こうから女性の声がした。


「ああ、来ましたか?」

 ロクロウは待ってましたと言わんばかりだ。


「沖様、サヤ様がお越しです。」

 女中は答える。


「入ってくれ!」


 二人が執務部屋へ入ってきた。


 若様の御前でこうべを垂れる。


「良い、二人とも面をあげてくれ!昨日の今日ですまんな!」


 沖とサヤが顔をあげた。


「前に、若様がお話しなりましたが、若様はこの重家かさねけが治める勇那いさなの国において、国防の一端いったんであるク海への対処を任された御方でございます。」

 ロクロウが宣うと、沖とサヤがまた頭を垂れた。


 若様はゆっくりと話し出した。

「我はな、戦は嫌いじゃ。愚かなことばかりの繰り返しじゃ。朝御代あさみよみやこにおる将軍家の力などとうの昔に無くなり、各地の守護大名しゅごだいみょうは己の欲のために争ってばかりじゃった。しかし、そこにク海が沸いて出た。」


 若様は目の前のお茶を一口飲んだ。

「ク海に最初に侵された海沿いの国は内陸に攻め込んだ。ク海は少し降りただけでも目が潰れるいままわしき地じゃ。そりゃ自然な考えだと言って済ませられることなのかの?人は洪水で足元に水があふれる時に、より高い場所を奪いあっておる。自分達の子を高い場所に逃がすためにな。そしてク海のまだ訪れていない内陸の国は逆に領地を減らして弱った沿岸部の国を襲う。」


 ふと、若様は言葉を区切った。

「浅ましいことよ。そして宝の奪い合いが本当の目的にすり替わってきておる。己だけ良ければよいのかの?」

 

 やれやれと、本当に呆れているらしい。

「ク海は五感をうばい人を追い出す憎きものじゃ。いずれは全てを飲み込みかねん。争っている場合などではない。ならば活路はどこじゃ?ク海にあるのではないか?」


 若様の目が、また座った。

「あの諸悪の根源たるク海を・・・潰したい。いや、飲み干してもええわ。本当の海が見えるまで旧領きゅうりょうを取り戻したいものよ。」


 若様はしみじみと茶を口に運ぶ。

「ク海が現れたのは八十年も前のこと。これまで皆、ク海を無くそうとずっと思ってきたよの。我だけの思いかの?いや、みーんな思うとるじゃろ。当たり前じゃ。しかしできなんだ。・・・・じゃが我は可能性が出てきたと考えとる。そちらの持つ宝じゃ。長い年月をかけ、少しづつ宝を集めてきて分かった。宝がク海に抗しえるものの切り札だとな。強力な力だからどこの国でも欲しがる。」


 ふと黙ってしまった若様に代わってロクロウが

「我々は、今まで出来なくて皆が苦しんでいたことが、ひとつの条件の変更・・・技、技術もしくは手法とでも言いましょうか。それをもって切り開き思わぬ効果がもたらせるのではないかと考えているのです。」


 若様がフッと一息ついた。

「まぁ能書のうがきはこれくらいじゃ。そちら二人には扶持ふちと屋敷を与える。改めて申し付ける。我に仕えよ。」


 沖とサヤが両手をついて頭を垂れた。


「明日にはク海に入りたい。」

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