第91話 蓑と女房


「おたつ、俺らぁいけねえ所に迷い込んじまったみてえだな。」

 座長は、女房の名を呼んでいた。足から血を流している。

「おまえさん、歩けるかい?」

「いやぁ、ちょっと無理だ。おめえだけでも逃げな。」

「何言ってんだよ。私を置いて化け物の腹ん中に納まっちまう気かい?」

「けっ、虎成とらなりに帰りゃあ、この稼業もお仕舞しめえにしようとは思ってたんだけどよぉ。最後の最後にとんだドジ踏んじまったようだ。ジカイ様によろしく伝えてくんな。」

「けど・・・。」

「お前も丸くなったもんだな。生き残った者をまとめな。ムミョウ丸様を頼む。我らみのの一党はそれが仕事だろうが!」

「・・・・・。」

 たつと呼ばれた女将の目が座った。


 旅芸人の一座、別名、みのの一党。

 約四十人程の人数で構成されるこの一座の内、座長、女将を含めて古参の十数名は勇那いさなの忍びである。朝御代あさみよの各地を転々と廻りながら、各地の敵国の情報とク海、アダケモノの情報を集めること、宝を収集することがジカイから課せられた任務である。各地で人員を入れ替え、伝言と費えを交換しながら旅を続ける。これをこの二人は三十年も続けてきた。


 そして、数年前、新たな最重要任務が与えられた。


 この世で一番不可思議ふかしぎな存在。ムミョウ丸の保護と観察である。


 ムミョウ丸は、特異な存在である。死が存在しないから。

 

ー重来者ー

 死ぬことなく、若さと老いの間を繰り返す者。

 

 それ故、各国の腹に一物ある者どもからその身を狙われている。不老ではないが、不死への手がかりが得られるとあれば当然である。


 各地を転々とすることで、逆にムミョウ丸の居所を隠すという仕事だ。


「おい、サヤも頼むぜ。上手うまく逃がしてくんな。」

「お前さんこそ、丸くなっちまったんじゃないか!いつまでたっても半人前だよ。」

 忍びとしてはね。だけど男としちゃあ、そういうところに惚れたのだけれどとたつは思う。


「あの娘は何もしらねえ。だけど、あの娘は・・・藤の、お藤の生まれ変わりのようなものだ。」

 

 子どものできなかった私達だからねぇ。たつの目が潤む。役目の旅だ。大きな腹を抱えては回れない。


 この人は、お藤をアダケモノに襲われた村から救った時もサヤの家に奉公に出した時も泣いていた。


 それは、きっとアタシら二人ともアダケモノに親を殺されているから。

 お藤を家族のように、娘のように思えたのだろう。そして、サヤの身の上を知った時も天井ばかり見てた。


 ーやっぱり、忍びとしちゃあ一人前にはなれなかったね。アンター


 小さい頃から一緒にいた。親を殺され、ともに忍びの術を生業にした。そして、国中を何周も何周もした。

暑さに気が遠くなる日も寒さに心臓が止まりそうになる日も何年も何十年も。


 ーそう、一緒にいれて良かったよ。アンター


「・・・だからってね!ウチの亭主に何してくれるんだ!この女郎グモがっ!」

 おたつは座長の刀を抜き、クモのアダケモノの足をはらった。


 目の前にいるのは、石のクモの上に女の上半身がくっついたアダケモノ。尻には花が咲いている。


 サヤの家の焼き後を探った時、これと同じクモのアダケモノが焼け焦げて死んでいた。尻に花が咲いていて、それはク海の外でもある程度動き回れる型ではないかと推察していた。目的は恐怖の拡散。人々を襲いその恐怖の感情ごとその身を喰らう。そして、その感情の波で本体の仇花を誘う先導役。




 夫婦は、霧が出たぐらいから警戒していた。しかし、アダケモノが姿をみせないうちに騒ぐと忍びではない方の何も知らない仲間達が動揺するため、できるだけ自然に過ごしていた。


 そこにきて、見知らぬ寺だ。生活のあとがあるのに、人の気配がない。


 忍びの方の連中と敷地内を調べた。そうでない連中には宿泊の用意をさせた。


 一通り調べて、やはり誰もいない。残るは離れた納屋だけだ。


 他の忍び連中からの連絡も無くなっていた。


 ふたりは自然にその扉に向かう。


 ゆっくり扉を開ける。・・・目立ったものは何もない。


 灯りを持って中に入る。


ーポタッー


 何かが垂れる音がした。なんだ?赤い・・・血だ。


 ふたりは上を見上げる。


 白い糸に絡めらた人間がたくさんぶらさがっていた。


 女、子ども、ああこれは、この寺の和尚だろう。何人もいる。


「アンタたちっ!」

 辰の声が驚きに震える。


 一緒に寺の敷地を調べていた忍び連中だ。彼らも一端いっぱしの使い手。その彼らを捕まえて吊るすとは。


「ぐっ!」

 暗闇から座長の足を一瞬にして何かが刺した。


 灯りをむけると、その血のついた足を舐めずる音がする。

 八つの赤い目。その毛深い背に生える、手のない女の口は真っ赤に染まっている。



 座長は、女房の名を呼んでいた。

 「おたつ、俺らぁいけねえ所に迷い込んじまったみてえだな。」

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