第109話 雨と傷口


何が起こったのだろう。


 露嶽丸つわたけまるというのは、刀であるが、ムラサメの鍵だ。そう、刀身を鍵としているのだ。


 刀として存在するものが、常に抜き身であるか?答えは・・・いな


 ムラサメは、もうひとつの姿として、一振りの刀でもある。鞘に変化し携行もできる。

 

 つまりは、露嶽丸つわたけまるは鍵と刀、ムラサメはク海潜航艇と鞘のふたつの役割を持つのだ。


 そして、ムラサメは指示により、鞘として露嶽丸つわたけまるを収める時、艦内の意識ある者を全て外へ放り出した。


 放り出される者達は、一瞬、世界が暗転する。

 そして、天より降った流星ユウジは、石の花アダバナの首を取っていた。多くの者の仇を。

 

 ク海の波は退く。それこそ風呂の栓を抜いたように。

 

 陸に上がってしまったら、宝というものは人の姿を保ってはいられない。本当の人でない者は、本来の器物の姿に立ち戻り、転がるのみ。それが、足元に懐剣、風車と虫眼鏡、そして銃と本が落ちていた理由だ。


 シロウは銃を突きつけられた時、右手でふねを着底させるように指示していた。明丸がいるのだ、少しでも低く。


 これしかなかったのだ。一瞬で全てをひっくり返すには・・・。

 もともと、ユウジには涙波紋クライスヴェレンが発動したら即座に花を討つように指示は送っていた。


 少女の瞳と銃口は震えているのは分かっていた。だからシロウは決断した。


 己が撃たれようと涙波紋クライスヴェレンを発動すると。


涙波紋クライスヴェレン・・・ぅぃい方始め!」


 意を汲んで露嶽丸つわたけまるを抜いてくれたのは、グンカイだった。


 ああ、また雨が降ってきた。


 倒れる敵兵達が苦しみ、叫びうめく声が此処其処で木霊する。


 倒れたシロウの右肩には溢れる血が。


 二発目は逸れていたが、シロウの右肩には一発目の銃弾を受けている。


「なんで?・・・なんで傷がふさがらんと?」

 サヤが必死に椀と戻った賽の白露メルでシロウに癒しの水を含ませている。


 シロウの首の紋章に戻った海星の涙ステラマリスの震える声が響く。

「右肩の下に、細い何かが入ってる。血は止めることができても、これを取り除かないとこの傷はメルといえでもふさがらないみたいだわ。これは宝の力かもしれない。」


 落ちた宝を拾い集めていたチエノスケが銃を拾って吐き捨てる。

「こいつ!だんまりを決め込みやがったっ。」

 銃の宝はすでに錆始めていた。心を閉ざしている証拠だ。グンカイに拾われた本もすでに錆びている。


 首を絞めてでも問い質したいが、ここはもうク海ではない。銃を猫娘の姿には戻せない。


「そうだ!ムラサメをもう一度艦に戻して、艦内に連れ込めばコイツも口が利けるのではないか?」

 

 そうかもしれない。グンカイがもう一度露嶽丸つわたけまるの柄に手をかけた時だった。


「ああ、派手にやってくれましたね。せっかく引き込んだ彩芭の兵も台無しだ。」

 

 忘れもしないこの声。人がつい心を許してしまいそうになる優しく落ち着いた青年のものだ。


 その青年は小雨の中、物憂げな顔でシロウを見つめる。


 頬に滴る雫が、その顔の端正さを際立たせるかのように、つるんと流れ落ちる。


「・・・ロクロウ。」


「若、・・・ご苦労されているようですね。」

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