第10話 裏と表


 一瞬のことだった。


 音がユウジの隣から羽ばたいたその刹那せつな、沖の手に握られた槍は犬モドキに向かって閃光せんこうをもって放たれた。


 そしてそのケダモノを穿うがった先には沖が立っていたのだ。

 

 まるで槍自身と沖が一体になったようだ。よく見えなかった。

 

 そして、沖の周りに飛び回るたくさんの黄色い光。


 それぞれが重い羽音はおとを響かせながら、槍とその主の周りを飛び回る。


 ユウジが聞き覚えのある危険な音だと思ったその時、

 

意地悪いじわるは続いているようです。」

 ロクロウの声。


 沖と犬モドキとの戦いに気を取られていたが、


「花が咲こうとしちょるっ!」

 サヤの叫びに時間がもうないことを悟った。


「花が開けば、ク海の底から他のアダケモノが沸いて出るぞ。」


 なんとしてもこの地をその領海りょうかいとさせるわけにはいかない。


 しかしどうすれば良いのか。


「皆さん、これから私が川の流れを止めます。」


 ロクロウが突然、到底無理なことを言った。


 え?何だって?どいうことだ? ユウジは理解が追いつかない。


「大江殿!どうやって?」

「私の宝の力です。今はそれだけを信じて!ただしとおを数えるあいだしか保ちません。」


 宝の力か、しかしどういう力なのだ?


 時間がないのだろう。若が説明なしで言う。

「ユウジ、我の刀とそちに渡した刀じゃが、アダケモノの骨をいでこしらえたモンじゃ!花の首を切り落とせるかもしれん!我はけるぞ!」


 それを聞いてユウジにも迷いはない。

おうっ!」


「術の間、私は動けません。おうぎが光ったら、攻撃開始の合図です。」


 仇花アダバナのツボミが首をもたげ始めた。


 いよいよ時間が無いのだろう。


 ロクロウが腰帯こしおびから閉じた扇を取り出して顔の前に構える。


「最初のレアよ。その情熱で扉を開けておくれ。」

 扇がロクロウの顔の前で開いていく。燃えるような真紅しんくの扇で口元が隠れた。



く川の流れはえずしてー

 ロクロウの声ではない。女性の声だ。しかも二人居る。


 扇がひるがえりそして光った。

 

 なんと・・川の流れがない。水自体がないのだ。


ーひとつー

「走れぇえええ!」

 若様と同時にユウジもはしる!


 しかし走り始めたのは二人だけではない、残り3匹の犬モドキも走り始めたのだ。

 

 主を守るために若とユウジを同時に攻撃する気だ。


 その時、サッとその間に割り込む者がいる。オキだ。


ーふたつー

「皆、頼むぞ。」静かな・・それでいて力強い声。


 槍帝の孚ジェラルドと呼んだ宝の槍が三匹のケモノを指し示すと彼の周りの数十はある飛び回る黄色い光は重い羽音はおとと共に一斉にそれに群がった。


ーみっつー

 犬モドキの汚れた牙と爪はユウジ達に届くことはなかった。

 

 ことごとくが沖の下僕げぼくたる黄色い狂暴な光にその身に穴を穿うがたたれて地にってしまったのだ。


 しかし、一方でユウジ達はその光景を見てはいなかった。見る余裕よゆうはない。


ーよっつー

れたっ!」若の仇花アダバナの首のくきに振りぬいた刀は根元から折れている。


 同時に地からい出た棘付とげつきの根が若を振り払いそのままの勢いでユウジをいだ。


「おわっ!」

 

 ユウジの防いだ刀に凶悪なとげが当たり滝ツボに飛ばしてしまう。


ーいつつー

「ちぃええええっ!」

 黄色い閃光が真っすぐにツボミを狙ってはなたれた。


 しかし、その瞬間、沖が反対の岸に槍ごと吹き飛ばされている。気絶したのか?

 

 花弁かべんが数枚、穴があいているが貫通かんつうしていない。


「ツボミは固いっ、くきを切れぇい!」

 若が叫ぶ!


ーむっつー

 とげのついた根が若を狙い、その根の先を天に向けてからたてに振り下ろす。


 指示を出しているのが若と気づいたのか?


 花ごときにありない!


 意志があるのか?


 若は折れた刀をたて半身はんみけるがはじき飛ばされる。


ーななつー

 その時ユウジは若のおとりのおかげでツボミの後ろの茎をしている節の部分に飛びつくことができた。


 しかし刀はすでに滝つぼの中。


 腰帯こしおびの後ろから懐剣かいけんをザッと引き抜く。サヤの懐剣だ。

 

 実はサヤは自分自身は戦いの役には立たないけれど、この懐剣が考えがあると言うからお侍様さむらいさまに託すとユウジに懐剣を預けていたのだ。


「お願い、紅玉の瞳マチルダ!」サヤが叫ぶ。


 刀身とうしんが燃え、その三倍ほどの炎の剣が顕現けんげんする。


 すかさずユウジがふしふしあいだ紅玉の瞳マチルダを振り下した。


ーやっつー

 スゴオッ

 ツボミが首が落ちるように切れ落ちる。


 確かに斬れたのだ。

 

退けぃぃい。川が元に戻るぞぉ!」若の指示が飛ぶ。


ーここのつー

「へっ?」

 ユウジの胸から血がき出す。

 

 紅玉の瞳マチルダを振り下ろす際に踏ん張った後ろから根のおそい、しんぞうを背中から串刺しにしている。


 そして反射的に反動でその根はユウジを滝にほうりだす。


 あっという間の出来事だった。


 非情という言葉も追いつかないほど、あっさりと命が放りだされたのだ。


「ユウジィィィっ!グッ。」若の背中に矢がさっている。


ーとおー

ロクロウの背にもニ本の矢が立っている。

「毒矢・・・か。不覚ふかく。」

 足元に血がしたたっている。

 

 それでもロクロウは唱える。

「真実のラケルよ。鎮魂ちんこんを持ってこの扉を閉めておくれ。」

ーパチンー

 雪のような純白じゅんぱくの扇を閉じると、川に水がもんどりうった。

ーゴオオオォォォー


 後方の林の中に十数人の気配けはいがある。

「術中を狙うとは・・・無念むねん。」

 ロクロウは血とともに悔しさを漏らした。

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