第11話 命と風


「ロクロウ。我は毒に当てられた。」

 川の浅瀬を若がヨタヨタとふらついている。


「若、申し訳ありませぬ。私もです。」


 二人はお互いに矢を引き抜いた。


「どれ、もう一本じゃ。」

 若様がロクロウの二本目の矢を引き抜く。林の中の気配は近づいてくる。


「せっかちなぁ・・・奴らじゃのぉ」


「血が止まりませぬな。」


「毒が塗ってあるなら、どっちみち助からん。」


「どこの手の者と思われますか?」


「さあな。今、我の命を狙うなら、東の結綱ゆづな寿八馬ひさやまか・・。」


「西の渡上とがみの国の虎河こがというところでしょうか?」


 若様は心底しんそこあきれた顔をした。

「まぁそれはどうでもええわ。仇花アダバナはちょんったし。村も沈まぬ。そんなことよりも・・」


 ロクロウの顔がくもった。


「ユウジは生きておると思うか?」

「望みは薄いと思いまする。」


 若様が浅瀬に座り込んだ。

「我はナツキにどう言えばよい?」

 消え入りそうな声だ。


「私も一緒に頭を下げまする。」


「ひと目、謝りたいものよ。」



 ぞくの影が川面かわもに揺れた。


 毒がもっと回るのを待て。大江は手練てだれぞと小さな声が聞こえる。


「ロクロウ、どれだけ道連みちづれるか?」

「ぬかせ!」

 端の賊がひとりが動いたと同時に切り伏せられていた。

「全員・・にございまする。」

 ロクロウは刀をすでにさやに納めている。


「若様!」

 サヤが駆け寄ってきた。


「しまった。そちがおったのを忘れとった。我はおつむに毒が回ったかの?」

 そう言って、若様が力なくうなだれ気を失った時、突然ロクロウも川の中に倒れた。


「ようやく効いたか。今の今まで意識がある方がおかしいのよ。」


 賊共ぞくどもが近づこうとした。


「待って!」

 サヤが睨みつける。

「どけ!小娘!」


 サヤは川の浅瀬に正座して若様をひざに抱きかかえている。

「もう命を取ったからいいでしょ!」

「我等はその首と宝を持って帰るのじゃ。」

 賊は若様とその下手の川の中にうつ伏せるロクロウを指差ゆびさした。


「その前に末期まつごの水を飲ませてあげたいの!」

「なんだと?」

「あんたたちも仕事でこんなことをするんやったら、礼儀くらい守りなさい。」

「我等にはそんなものはない!」

 ザッと腰の刀を抜いた。


「人が死ぬとよ。せめて礼儀を尽くさないならケダモノと同じや!」

 サヤの瞳にはりんとした強さと美しさがある。


「おもしろいことを言う。」

 気圧けおされたのか、賊共の足が止まる。


 サヤは椀で川の水をすくって若様の口に運ぶと

「若様、今日はお世話になりました。」

 笑顔でゆっくりしっかり口に含ませた。


「今日はだと?」

かしらっ!その椀は宝じゃ!」

 賊の一人が叫ぶと頭目らしき男が

おんなっ!それを寄こせ!」

 サヤはなんと椀を川の流れに投げた。十数人の賊が一斉に襲いかかる。

 しかし、誰も娘にも椀にも触れることができなかった。


「その人に触るな・・・」

 飛び回るたくさんの黄色い閃光と共に、頭に血の跡を残す槍を持った少年がそこに立っていたからだ。





川のせせらぎが聞こえる。


「でも助かったよ。まさか来てくれるとはな。」


「あの娘がこちらを頼むとのことでしたので。」 


「いやぁ、私はカナヅチだから。」


「私、浮くのは得意とくいですから。」


「違いない。」 

 女性が二人、談笑だんしょうしているようだ。


 滝からは少し離れている。


「これで助かるものかしら。」


 パチっと焚火たきびの音と紅い瞳がぜた。


「私は傷をふさいだだけです。」


「ああ、胸がつぶされていたしね。」


 誰だ?何の話をしている?目が開かない。手足が動かない、寒い。


「さて、これからどうするかだけど。」

 自分はカナヅチだと言った方の声。落ち着いた女性の声だ。


「上に戻る道を探すには苦労しそうですね。」

 こちらは、何というか甘い声。癒されると表現すべきか?


「そうだね。しかし長居ながいはしない方がいい。」


「まだ目を覚まさないでしょうか?」


「こっちに来たら、まず目が見えなくなるというからな。」


 胸が潰れた?上に戻る?目が見えなくなる?


 ここは・・ク海か?確か背中から胸に棘が飛び出て滝に放り投げられた。


 それからの記憶はない。


 俺は命が助かったのか。ともかく寒い。ユウジはそう思った。


「・・・・寒いの?」

 耳元で、女性の声がする。暖かく優しい声。


 フシュッ

 ユウジは声が出ず、息だけがれた。


 目を開けることはできないが、左のマブタが明るく感じる。


 木漏こもれ日の中、目を閉じて昼寝をしているあの感じだ。


「気がついたかもしれない。メル!」

 落ち着いた声が近寄って来る。


「少しお水を飲ませましょうか?」

 甘い声が応えた。


 しばらくすると、ユウジの上半身は抱き起され、何かがくちびるにあてがわれた。


 ゆっくりと、心地よい冷たさの水が口の中にみ、のどを押し通る。


 体の中のありとあらゆる乾いた傷に沁みこみ、痛みと寒さをぬぐい去るようだ。


「癒しは万端ばんたんです。後は、動力まわすだけね。ラウラ!」


「やってみる!左マブタの光が揺れた。そして少女の声がつぶやく。


ーくせっ毛のブロンドに、そよ風はあこがれ、遊んでおくれと舞い踊る。

 甘くとろける煌めきの香りに心満こころみたたされたのならば、巡りもつれて美しい命の脈動みゃくどうりなせー


 その声はかすかな初動きっかけだった。

 しかし、幼きかすかな風の円舞ワルツ

 ートクンー

 ユウジの心臓はねた。

 そしてそれは巡り始めた。


ヴゥゥゥゥゥゥウウウウウウン


 金色こんじきの光の渦がユウジの背中と胸の前で渦を巻いている。

 風が大気の中の黄金の光子を誘い、踊るように揺れながら背中の渦に飛び込み、同時に胸元の渦を回す動力となる。

 まるでそれは風車かざぐるまが回るように。


ー 風よ!黄金おうごんの野をはしれよ。留まるな、揺れよ、巡れよ、すべてを振らせ!それこそが宇宙かみの求めと知れ! ー


ヴゥゥゥゥゥゥウウウウウウン


 擦り切れるような轟音ごうおん、渦巻く光と風、そして熱量ちから

 それがユウジの体に蓄積され体中に巡る力に変換されてゆく。

 肩に、腕に、腰に、両足に力が漲る。

 いや、髪の先まで風の力で光が溢れる。


そして、

ヴゥゥゥゥゥゥウウウウウウン 


 ユウジは頭に響く発動めざめ言の葉じゅもんを言い放つ。


「星の光の尾さえ呑み込み、それをまた解き放つ渦の本懐ほんかいは根源の極み、全てを変えゆく力。揺れを鎮めることは死のほおでる。ただその静けさもいずれ来る生への躍動の通過点。すべてが揺れるのだ。波よ汝の名を示せ。」


ヴゥゥゥゥゥゥウウウウウウン


 ユウジは問うた。そして開かなかった目をあける。


 すると

「やっと私を見てくれたのですね。私は萃の微風ラウラ!」


 ユウジの瞳に金色きんいろに輝く長い髪を風になびかせる美しい女性が手を広げて駆けてくるのが映った。

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