第37話 槍と針

虎成とらなり城、城門


 大きなイノシシのアダケモノに城門じょうもんを破られた。


 奴は城門を壊すだけ壊しておいて、城内へ突入したらしい。


 超巨大な破城槌はじょうついが、勝手に暴れまわっている様なものだ。


 普通の刃など通らぬ、大イノシシの鉄の城門を穿うがって壊すほどの突進に、こちらには多くの死傷者が出た。


 誰も止めることができなかった。


 そこに、白い面当てに鎧の虎河こがの兵が城門付近にまで達する。


 閉めるべき城の門扉もんぴは粉々でもうその存在の意味は門の上からの射撃のみだ。


 門の真下で、両軍がぶつかる。


 残った門柱で、なんとか敵の侵入してくる人数は絞れている。

 

「押し出せぇぇぇぇl。」

 シロウは力の限り叫ぶ。


 とりあえず、手の付けられないイノシシは捨てる!


 そして、虎河こがの兵を傷ついた味方の兵の全力で押し出す。


 シロウはそう指示せざるを得ない。


 あの大イノシシの行進で、途中の守備隊はすべて突破され、乱戦となっているからだ。


 しかも、虎河こがの兵たちがしぶとい。


 こいつらは本当に人間か?


 槍隊を固めて押させるが、白い鎧の硬さはアダケモノのそれと同じらしく、槍の突きに臆する様子がない。槍の柄を抑えられ槍兵がどんどんと倒れていく。


 シロウも間に入り敵を斬り伏せるが間に合わない。


 この人数、この勢いそしてアダケモノが加われば、父の勇那守いさなのかみと我が勇那いさなの正規軍が壊滅した理由は分かる。


 状況をくつがえせる札がこちらには少ない。


 せめて、我が宝を扱えればとシロウはこの時ほど唇を噛んだことはなかった。


 中央で黄色い光りがさく裂する。


 沖だ。


 十六歳の少年はひとり槍一本をたよりに突撃する。数十の羽音を従えて。


みなぁ、はしによれい!。」

 シロウはできるだけ、兵を沖の射線から避けさせる。


「ちぃええええっ!」

 掛け声とともに、沖は三人を串刺しにして押し出す。


 その周りで十数人の虎河兵を光の羽音が襲いその体に風穴を開ける。


 その主人は懸命に槍をつかい、敵を門の外へ押していく。




 ー沖はユウジが気に食わなかったー


 下級武士の生まれである彼は、戦で父を失い、母は病になり家計は困窮こんきゅうしていた。


 彼は長男であるが、妹が二人いる。年は少し離れている。


 頭は切れ、武術も全般、そつなくこなす優秀な青年だ。


 だが、年がいかぬため思うように生活は良くならない。


 ギリギリの生活だった。


 そこに来ての宝引だったのだ。


 立身出世が叶うこともある。


 もしかして、オレにも目があるかもしれない・・・そう思った。


 錆を落としたことに気を良くして、本堂に招かれると間抜け面を拝むことになった。


 どうでもいいが、嫌いな奴だった。


 裕福な家で、お気楽なのんびり屋。


 使う剣も気に食わない。どこか真剣味がない。余裕をかましている。


 彼はユウジをそう捉えていた。飯の苦労もしていないと。


 しかし、死線を越え、少し奴の気骨が見えた後、自分が気を失っている間に滝に落ちて死んだという。


 はぁ死んだだと。知らん間に退場?ふざけるな。


 べつに、特別心が痛むほどの付き合いではない。


 しかし、死ぬことはないと思った。


 聞けば、年老いた婆様がク海にひとりで探しに行こうとしているそうではないか。


 家は断絶だんぜつ状態と聞く。


 とんでもない親不孝だと思った。へらへらしてるから後ろからやられるのだ。しかし・・・


 オレの嫌いなアイツも誰かの大事な人なんだとフト思った。


 アイツ自身は気に食わないが、そう思えば少しゆずってもいい気になる。


 そうだ、オレの大事な人。


 沖は口を真一文字に結ぶ。



 妹たちよ、母をつれて、どうかどうか逃げおおせてくれ。


 そのために、このオレ の槍が、この汚い牙がそなたらに届かぬよう少しでも、少しでも遠ざけよう。



「兄弟達よ。」

 槍帝の孚ジェラルドの周りに黄色い光りが集まってくる。重い羽音と共に。


「俺達は不愛想なところが良くにているな。嫌われているのも一緒だ。」


 そう、オレ達は尖っている。人を刺し殺すほに。


 この重い羽音は危険な音だった。


 スズメバチ・・・人は忌み嫌う。 光の羽音はそんな集団だった。


 でもな、と 沖チエノスケは思う。


 ハチはただ一人の女王のため、家族のために、淡々とその命をその針に乗せるんだよ。


 深く、固く、冷たく。


 利己的じぶんかってでも良い。


 オレが刺すことで家族が守れるならな。



 そして、オレの女王は・・・。


 沖の頭にふと影がよぎる。


 ぞの陰の顔を想像しかけて、ガチッと沖は槍をつかみなおす。


「来られよ!このオキ 八千枝丞はチエノスケ、お相手いたす!」

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