第106話 煙と印


 ムラサメはク海を滑るように進む。はやる心と音を抑え込むように。


 勇那いさなの民、今この瞬間も敵の暴力の前にその命が危険に晒されている。その現状をはっきりこの目で見てしまった以上、国の治世を預かる者として、家老として、兄として、娘として、この地を大切に想う心が、こぶしを握らせる。唇を歪ませる。


 だからこそ、このムラサメを隠す。戦う力を出来得るだけ削らずに近づき、花よ、その首を取ってやる!


 むくろの兵達の行軍も止まらない。ムラサメの遥か東で仇なるケモノを引き付ける。はたからみれば、おぞましい光景。骸骨と石の化け物が入り乱れるのだ。この世のものとも思えないだろう。


 雨の降りしきる戦場で、天巫女あまみこ骸骨兵がいこつへい達は骨の欠片かけらを散らせながら、その手に刀を槍を弓を握る。

 砕かれ、首無しで立ち上がり、時には仲間のからだを自分に合わせてまでその役目を果たそうとする。


 どこにそんな気力があるのだろうか? なぜ、朽ち果てた後にまでそこまでしてくれるのだ?

 彼らには、国を守るというのは、家族を守るというのはこういうことなのだろうか?


 自分をはぐくんんでくれた大きなもの、それが理不尽にしいたげられ、営みを断たれようとしているならば、骸の上に魂は戻り刀を握りしめてでも戻りたい。


 彼らはそういう想いを共有した集団だった。


 その先頭で、黒き鎧に銃を背負い槍を手にアダケモノに飛び掛かる少年。ユウジ

 彼のその心に恐れはなかった。後ろを守る五百の魂。生きた時代は違うが、その想いは肌をピリピリとさせる。


 思わず槍を握る手に力が入った。

 俺のところに来い!相手をしてやる。


虎成とらなり城まで約30kmー

「前方にアダケモノ多数!停止中」

 メルの勧告に大型拡張視界フルスクリーンに目を戻す。

 下向きの三角表示が仇花を中心に円を描くように配置されているのが確認できる。

 ちょうど25km付近か。

「シロちゃん、これ触発機雷だよ。フグだぁ。珍しぃー!」 

 ユーグの声には喜色があった。どうかとは思うが、明るい調子だから良い。


 しかし、この配置は・・・。

「地表から30mで均一に配置されています。」

 ユーグがメルの声をさえぎる。

「これ、振動と感情波の両方を感知するって考えた方がいい。配置のされ方、効果から見て、感知距離30m!そこまで近づいたら爆発するよ!」

「サヤ、飛び越えるぞ!」

「わかった!」

「現進路、速力で接敵まで3分!上げ舵5度、高度約200mで飛び越えます!」

「メル、それでいい。サヤ、頼む!」

 

 翼はムラサメの高度を押し上げはじめた。地面が離れていく。


「アダケモノ、視認インサイト!」

 チエノスケの蜂が見た丸々とした白い物体を拡大する。蜂達は10匹に分かれ、ムラサメの前部、後部、左右、艦底に張り付き各部映像を送ってくる。また常に2匹、ムラサメの前方を警戒飛行している。これはその警戒飛行からの報告だ。


 その映像から嫌なものを感じるシロウ。


ーバッチリ、こっちを見てやがるー

ー先に掃討つぶしておくべきだったかー


 その時だった。

「フグのアダケモノ、爆発!」

 画面を監視していたマチルダが叫ぶ。


 紫色をした爆風がムラサメを包む。モモが六芒星の盾狼ランドルフを即座に張り巡らせてくれたし、距離があるので影響はない。

ムラサメはアダケモノの爆発した紫色の煙をかいくぐり機雷網を抜け出ることができた。


「何だったんだ?暴発か?」グンカイが太い首をかしげる。


ーいや、違うー

 シロウは画面越しに見たあのアダケモノの目を思うと引っかかる。


 ムラサメが突然揺れた!

「アダケモノの大群です!突っ込んできます!」

「モモ!ランドルフを!」

 モモの瞳が即座に光る。

「急速潜航!川面まで降りる!」

「何で急に襲ってきたと?」


印をつけられたマーキングだ

 あの紫色の煙は多分、こちらを識別するためのもの、理屈は分からないが、目立つ絵具を引っ掛けられたようなものだろう。

 それと、もし、仇花アダバナがアダケモノをしっかり管理しているのなら、手下が殺されたならば分かるのではないか?

 自分の周りを円で取り囲ませた手下。そのひとつの生存反応が消え、そいつが身を挺してつけた印が飛んでくる。優先的に対処する目標と判断するだろう。


「他のフグ、消えます!」

 

ー俺達の存在がばれたー

 ムラサメが主力ホンメイだとばれたな。・・・ならばコソコソする必要はない。無駄だ。


「ユウジを呼び返せ!直行で花を叩く!」

 シロウは席から立ちあがって叫んでいた。

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