第105話 感情と飽和

ク海潜水艇ムラサメ 艦内


 次から次へと・・面妖めんような。

 しかし、まぁこのデンデン太鼓も宝であったな。

 このタヌキはマリーというのか。

 ロクロウとこの太鼓のことを話したのが遠い昔のようだ。

「なぜ、だますようなマネをした・・・」

 シロウは思わず口に出してしまった。


ートトント トンー

 ああ、これはこのマリーってタヌキの腹鼓はらつづみなのだな。

ートトント トンー

 明丸はデンデン太鼓を鳴らしてご満悦のようだ。

ートトント トンー

 サヤなんかは、かかとを浮かせて太鼓と同じ拍子を取る。

ートトント トンー

 タヌキは扇まで持って舞い踊り始めた。


「クククッ、アハハハハハ。」

 シロウが笑い出した。何事かと皆が振り返る。


 怒りの感情に支配された艦橋が、ローラの優しさと明丸の純真さで救われた。

 怒りの感情なんかよりよっぽど良いではないか。


ーあれ?-

 シロウは何かに気づいた。

 大型拡張視界フルスクリーン全体に、ほんの小さい波紋のようなものが映るのだ。太鼓の音に合わせて。

「あの、小さなポツポツは何だ?」


「少し、感情波信号の感度ゲインを上げます。」

 メルが拡張視界に表示される感情波による表示の感度を上げていく。


「これは、明丸の太鼓に何かが反応している?」

 皆が画面と明丸を交互に見つめる。


「あーこれ、雨だよ!シロちゃん!」

 雨・・なのか?ユーグ。


 シロウの脳裏にある考えが浮かんだ。

 両脇の双龍姫ステラマリスの席の横に後ろから顔を出す。

「ステラさん、マリスさん。明丸の太鼓の音を外に全力で放出!この子の太鼓は増幅器アンプだ!雨に感情波を共振させる!」


「そんなことをしたら、画面が飽和ほうわするわ!敵味方の区別がつかなくなります。」

 メル、そうだよな。


 ・・・だけど、仇花ヤツもそうなるのではないのか?


 敵である仇花アダバナは目など無く、感情波の波で相手を探知する。


 波で見張りをする者が一番嫌がることは何か?それは区別がつかなくなること。


 そう、対処すべき相手がたくさんあふれ出て、区別がつかんなくなることが一番怖い。

 

ー 逆だよ、・・・逆に飽和ほうわさせてやるのだ。仇花アダバナの数少ない判断の伝手つてを潰せ!ー

 判断がつかなくなれば、花は配下に各個に行動させるだろう。ムラサメが攻撃される確率を下げる。


 蜂が暴れまわる。骸が攻めてくる。雨に震える感情が反響して区別がつかなくなる。そのどさくさに紛れ、城に近づいてやる。


 アダケモノをことごとく避けて。ヤツ等の目に敵が溢れ、混乱している間に。


虎成とらなり城の位置を絶対に見失うな。」シロウの指示が飛ぶ。


「地理的位置と座標で把握します。」メルが瞬時に俯瞰図に縦横に格子線グリッドを表示する。

「ムラサメ艦首に予備の蜂を配置。目視を強化する。」

 そう言えば、チエノスケ、予備の蜂を待機させてたな。


「このまま川に沿っていけば、城の南にでる。任せるぞ、サヤ!」


「分かった!任せて!」


 いいじゃないか。明丸の楽しい気持ちが溢れていく。


 虎河こが彩芭さえばの思惑を外すぞ。恐怖などには支配させない。


場の概念フィールドコンセプトが変化していきます。」

 メルが驚きの声をあげる。

「雨が強くなって水属性が強化されます。」


ーこれで機嫌良う笑っていられる。勇那いさなの民よ。我が迎えに行くぞ。ー


「モモ、防御壁ランドルフの準備をしておいてくれ。」

 モモは桃色の瞳でシロウを見つめる。分かったと言いたいのであろう。


 そうだ、混乱した敵は、やけくその範囲攻撃をしてくることが多い。

 ハリセンボンの浮遊機雷にぶち当たるのも勘弁だな。


 シロウは軽く拳で自分の腹に気合を入れた。

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