第65話 技術と陰謀

成馬宮なるまみや城へ続く街道 


「二人とも無事だったか?」

 シロウの声には確かに安堵あんどの色があった。


「サヤ殿、お怪我などありませぬか?」

「沖様の方が心配やわ。」

 チエノスケは傷だらけだ。また槍一本で無理ばかりしたのであろう。


「して、城は、大殿はいかがされました?」

 グンカイとチエノスケは城に火の手が上がったので、もはやこれまでと北へ逃れる民の殿しんがりとして、この辺りで踏みとどまっていたのだという。


「お祖父様は、命と引き換えにアダケモノを討ち滅ぼされた。」

 シロウは何があったのかを少しづつ話した。


「大江殿がまさか・・・。そんな・・・あり得んだろう。」

 チエノスケは根耳に水のような話に驚いているようだ。その槍の先が震えている。

 サヤはじっと明丸を見つめている。


「とりあえずだ。その話は置いておこうと思う。」

 シロウが槍の柄で赤い鎧の斥候せっこう達を指した。


「問題は、なぜこの者らが成間宮なるまみやの方から駆けてきたかということですな。」

 グンカイは皆が気になっていることを口に出した。


「ああ、この鎧は忘れもせぬ。那岐なぎ彩琶さえば赤備あかぞなえよ。」

 シロウは天巫女あまみこ城が落ちた時、この鎧に散々追い回された。血塗られた赤に見える。


「では、この先には、我々は進めませんな。」

「え?どういうこと?」

 サヤがグンカイに訊く。早くク海から上がらなければならないのに・・・。

「それはな、娘御むすめご。すでに成馬宮なるまみやの城も落ちているということよ。」


「裏で虎河こがと手を組んでいたのは、五百いおの国の咬延かみのぶだけではなかったのだな。」

 シロウが苦虫にがむしを噛み潰す。


那岐なぎの国の彩琶さえばも一枚んでいたと?」

「そういうことだ。チエノスケ。大方、この勇那いさなの国を分け合う相談でもしたんだろうよ。しかし民を殺し、土地をク海に沈めてどうするのだ。」


「それは、コレだと思いまする。」

 グンカイが騎馬武者の持っていた槍を差し出した。柄に何か仕掛けがある。銀の筒巻きを回転させると、鋼の十字槍が赤い光りを帯びた。


「これは・・・」

 サヤの目も釘付けとなった。モモの六芒星の盾狼ランドルフの防壁を突き破った光だ。


「そして。」

 グンカイはその槍を地面に突き立て、柄の上を握ってそのまま脇差を抜き放った。


 槍は真ん中から切れた。


 その槍の内側は筒状になっていて、砂のような灰のようなものがこぼれ落ちる。


「ジカイ様の調べでは、彩琶さえばはこのような武器武具の研究に余念がないのだとか。力の源はこの砂、いや灰に近いのか。特別な波石なみいしというものを細かく砕いたモノらしい。それを取り出す仕掛けが凝らしてある。」


 シロウの目は点になっていた。


 まだグンカイは続ける。

「そしてこれでござる。」

 騎馬武者から兜を剥ぎ取るとシロウにおもむろに被せる。


「おわっ!なんじゃいきなり!」

「お気づきになりませんか?」


「目が・・・かすまぬ。」

 シロウは兜を両手で押さえ辺りを見回している。


「それは、おそらく目の部分は波石なみいしを砕いて溶かしビードロ状にしたもの、また兜にアダケモノのは骨や皮を使った材料を用いて、ジカイ様が仰るには、ク海の波の影響を遮断しているのではないかと。」


虎河こがの兵も色はちがいますが、同じような鎧をつけておりました。」

 チエノスケが思い出したように言う。


「つまり、技術の供与までしているということか。しかし、彩芭さえばは技術を供与するとして虎河こが咬延かみのぶは何を供しているのだ。何を利益としているのだ。」

 シロウの声には動揺がある。


「まぁいろいろとありましょうが、一番は資源でしょうな。」

 グンカイの声は妙に落ち着いている。そこまで調べはついていたのか。

 確かに那岐なぎは内陸だ。ク海が侵略していない分、波石は採れないだろう。


「資源?」

 サヤは首をかしげる。


波石なみいしと呼ばれるク海で取れる石は、今後の研究次第でどれほどの利用価値があがるか分かりませぬゆえ。」


 シロウは目を細めていた。

「それで、三つの国は我が勇那いさなの国を共有の溜池にしようというのか!民まで含めて!」


「もともと、ク海のせいで己の民を食わせるので精一杯でござりまする。これ以上、民の口の数は増やせますまい。そしてク海は人の魂を吸うと言いまする。ならばその民ごと沈めて資源に変える。己の身を守り、少しでも生き永らえようと、そう考えたのやもしれませぬ。」

 グンカイは言い切った。


 サヤは荷車で目をこする子ども達を見る。また、目があった。


 そんなこと、そんなことでこの子達は命をあの十字の槍に狙われたのか。身勝手な!


「大叔父上もそなたも分かっていてなぜ我に言わぬのだ!」

「お側で、鹿どもが大人しい顔をして話を聞いておりますれば・・・。」


 シロウは地面を殴っていた。

「我はとんだアホウよな。気持ちばかりで実際のことは何ひとつ知らず・・・。我が国がこれほどまでに遅れていようとは。」


 元お傅役グンカイは言う。

「若。若はまだ若い。ひとつことにかけられるのは若い時が良うござる。強い気持ち、根性、優しさはもうお持ちでござる。大人の手練手管はこれからでよろしかろう。」


 そして続ける。

「今はただ、ここを生き延びてくだされい。それが勇那いさなの希望に変わりまする。」

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