第89話 少年と膝
その夜から、サヤが涙をみせることはなかった。
そして、よく働いた。七歳の少女は一座の中で自分のできることを見つけ増やしていった。
サヤが一座に加わり四度目の桜を見るころには、一座の看板娘になっていた。
そう、かつてのお藤がそうであったように。
ただ、ひとつだけ不思議なことがこの一座には起きていた。
ムミョウ丸だ。
この子がサヤと会った時は十歳くらの少年だったが、今はどう見ても五、六歳くらいの男児である。この一座に加わった時は十二、三の少年だったというから、さすがに一座の者の口の端に登ることが多くなってきた。だが、座長夫婦は何も言わない。
その頃、一座は
出発前の夜、湯屋の帰りにふと座長夫婦の部屋の前を通った時、サヤは漏れ聞こえる声を聴いてしまった。座長夫婦の声だ。
「あんた、もう限界だねぇ。」
女将さんにしては気弱な声音だ。
「ムミョウ丸様のことだろ?」
座長がにべもなく返す。
「ええ。」
「あんだけ小さくなられてしまっちゃあ、みんなに隠せねえよな。」
ムミョウ丸・・・様? 小さくなる?サヤはそっと物陰に腰を落とした。
「ムミョウ丸様が言うには、
「ああ、こりゃあ、あの大殿様に
お湯の沸く音が聞こえる。
「しかしまぁ、あのやんちゃな若様が大殿とは、偉くなられたもんだよなぁ。」
「ムミョウ丸様と一緒にアタシ等を助けてくれたのはもう四十年も前ですからねぇ。」
お茶を淹れたのだろう。湯呑を置く音がする。
「そうそう、ムミョウ丸様がアダケモノから救ってくれなかったら、二人揃ってその腹ン中だったな。・・・まぁこの
「嫌だね。ほとんど自分らで稼げるようになってきてるじゃないか。」
「まぁそうだが、ジカイ様からの
「ああそう、これ。」
何か,紙を広げる音。
「なになに、
女将さんが打ったのだろう。手をひとつ叩く音がした。
「モモを見つけたなら大丈夫だね。あんた!あの飲んだくれのエセ坊主様もなかなかやるねぇ。」
「ああ、昔はひどかったからな。でもある日、ヨウコ様に張り飛ばされてキュンよ!」
「まぁ、根は真面目な優しいお人だからね。」
「ムミョウ様に初めて会った時、五十近い老剣士だったが・・・。」
「今はもうワタシ等が五十ですよ。もう朝、目が覚めるのが早くて。」
「そうだな、明日は早いしもう寝るかね。」
「はいはい。」
襖を開ける音がした。女将さんが夜具を用意しに行くのだろう。
「しかし、ク海が広がってんのか。こりゃ、気をつけなきゃな。」
座長の声が奥に消えた。
サヤは廊下の隅で膝が震えていた。動けなくなってしまった。
ムミョウ丸が居なくなっちゃうかもしれない。
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