第79話 花と浮力

成馬宮なるまみや城 郊外 


 大ムカデ、その触覚で食うべき人々の感情を探っていたな。


 その恐怖、悲しみ、痛み、苦しみ,怒り・・・・絶望。

 すべての感情を体ごと貪り喰い、手下どもに分け与えていたな。


 

「オレの殺気、分からなかっただろう?」

 オレはな、お前の作り出すク海の外にいたんだよ。お前の頭を飛び越してな。

 お前に見つからぬよう。お前にこの気持ちが気取られぬよう。ク海の上を滑空しすべってな。


 ユウジは死んで固まったムカデの頭の上で仇花アダバナが落ちていくのを見つめていた。


 大きな翼を広げたまま。



「急速潜航!」

 シロウの声が響く。


 しまったとユウジは思い出した。ここは上空約500m。


 ク海潜航艇はク海であるから浮けるのだ。


 仇花アダバナを狩ることでそのク海が無くなってしまったら?



ムラサメ挺内

ー高度250mー

 警報が鳴り響いていた。

 ムカデを追って高い所まで行き過ぎた。

 シロウはそう反省した。しかし後悔はしていない。


 それは、憎き花の首が取れたから。


ー高度200mー


「サヤ、進路を虎成とらなりのク海に向ける。まだク海が残っているはずだ!」

 彼は叫ぶ。生き残るために。

「わかったぁ!何度にすればいい?」

「190度ですっ。取り舵で回す方が早いっ!」

 メルの勧告リコメンドにサヤが舵を左に回す。


ー高度150mー

「舵を中央へ」このまま虎成とらなりの縄張りの円に入り周りこみながら滑走距離を稼ぐ。

 進路を虎成とらなりの円周ギリギリに定めたムラサメ。

 舵がガタガタと揺れる。

「このままだと地面にぶつかるよ。シロちゃん!」

 ああ、分かっているけれど、ここまで生き長らえてきたじゃないか。今度も。シロウは笑う。

「ローラ殿、虎成とらなりの縄張りに入るまで、今の速力を保ってくれ。そこからは全力で浮くことと均衡を保つようにお願いする。サヤ、そなたは良しと言うたなら、舵を右に取り続けよ。」


ー高度100m-

 虎成とらなりの縄張りに入るギリギリだ。黒煙をあげる虎成とらなり城が微かに見える。

面舵おもかじ一杯!」

 シロウの合図でサヤは右に舵を取る。


 ムラサメは右回りで虎成とらなり城の仇花アダバナの発生させるク海で浮力を得る腹だ。

 ローラはすでに推進用の魔法陣から艦底左側面に浮上用の魔法陣を張り巡らせる。


「危ない!」

 大ムカデの墜落で土煙があがり、ムラサメを左に押し出す。 


 このままでは虎成とらなりのク海の円から外れてしまう。

 浮力を失い墜落することになる。


 サヤは舵を右に取り続けるが、腕が痺れる。こんな時にこれほど押し流されるなんて。

「ウチの腕にかかってる」

 サヤは腕の感覚がなくなってきた。

 このまま、このままでは円の外に出ちゃう。娘は涙目になった。

 予定進路との偏位距離に気づいたシロウが駆け寄ろうとするとサヤの後ろに立つ者がいる。


「よく、頑張りましたね。」

 その者はしっかりと舵輪を握った。たくましい腕で。

「このままで、よろしいか?」

 チエノスケだ。サヤ越しに舵輪を保たせる。


ー高度50m-

 面舵一杯だ。これでも飛び出そうか。

 あまりに速力を落とすと失速する。

 右へ曲がれ。もう少しで虎成のク海なのだ。

 成馬宮のク海はもうほとんど効力がない。

 しかしこのままでは落ちる。


 その時グッと右へ曲がった。ユウジが月の天鷲で押しているのだ。

「ローラぁぁぁぁ」

「あいよぉー」

 ムラサメに接している腕からユウジにローラの魔法陣の力が流れる。


 月の天鷲はみるみる大きく翼を広げる。


 ムラサメは虎成のク海に入り浮力を得ることができた。


 シロウは目を細めて言った。

「ク海に入らなければ、死んでいたとはのう。・・・皮肉なもんじゃ。」

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