第3話 村娘と懐剣


 さて、ユウジたちの番がやってきた。


 寺の境内けいだいには七つの宝が並べられ、それぞれの台には役人やくにんが控えている。

 

 宝を持ち上げることはできず、指で軽く触れるだけだ。


最初の宝は懐剣かいけん短刀たんとうか。


 ユウジが触れてみるが、さびは落ちない。


次の宝はおわんさかずきか。

 

 触れてみても何も起こらない。


 こんなものも宝に含まれるのかと感心する。


三つ目は手筒てづつ短銃たんじゅうか。

 

 興味津々きょうみしんしんで触れてみるが、何の反応もない。


 残念だが次へ進む。

 

四つ目、何だコレは?花なのか?いや違う。

 

 これ多分小さいころに遊んだ風車かざぐるまだぞ。


 ユウジは少し戸惑った。どう考えても役には立たんだろう。ハズレだ。みんなそう思うはずだ。


「お早く。」係の役人がかした。


 申し訳ないと風車の羽らしき所に触れた瞬間、パサリと錆が固まって落ちた。


「えっ?」なぜ?オレ、これなのか?


「ちょっと番号札ばんごうふだっ、こっち、ちゃんと見せてください。・・四〇三、四〇三っと」

 係の役人に詰まらず先に進めとうながされた。


五つ目、これは異国の地の大剣だろうか?剣である。


 これはたいしたものだ。


 住職が手に入る宝はひとつとは限らないみたいなことを説明していたので、少し気を取り直して触れてみた。しかし触れた以上のことは起こらなかった。


六つ目、それは冊子というより分厚い本であった。


 表紙の文字は読めない。何かの紋章のような印がある。どこか懐かしい気持ちになる。


 しかし、期待外れだ。


最後、七つ目の宝はやり


 これが目玉めだまだな、そう思った。


 こういう物を宝としてお家のために働く、これが良い。

 

 最後に盛り上がった感じで、錆が落ちないかななどと期待して触れてみる。


 結果は撃沈げきちん。若様の気持ちが分かったような気がした。


「どの宝でも、錆を落とした方はこちらへ。寺の中に入ってください。」


 四つ目の宝で錆が落ちたので、ユウジは履物はきものぎ、案内あんないされるまま本堂ほんどう敷居しきいをまたいだ。錆を落とせたのはいいのだが、物が物だけにそれほど足取あしどりは軽くない。


 中を見渡すと四、五人ほどの男女がたたみに座っていた。


「もう少しで、錆落としの選定は終わりますので、もう少々おまちください。」


 手伝いをしている小坊主こぼうずが声をかけてまた本堂の外に出て行った。


 しばらくして、ふすまがすっと開き、「この方で最後です。」小坊主の声がして、ひとりの若い侍が入ってきた。ユウジは見覚えのある顔だ。


「何だ片城かたき。お前もいるのか。」


「元服したからな。初めてだが参加してみた。お前もか?おき。」


 沖と呼ばれた侍は、不機嫌そうな顔をして

「オレもそのようなものだ。道場以外ではお前の間抜まぬけづらおがまずに済むと思っていたが、まさかこのような場所でかち合うとはな。の悪い。」

 そう言ってそそくさと部屋の隅に歩いて行った。


 ユウジが通う道場で、若い連中れんちゅうの中から頭角とうかくあらわしてきたのは先ほどの沖という少年で、落ち着いた剣を使う。ユウジのがむしゃらな剣をきらっているが、腕は互角ごかくだとお互い理解しているのでそりが合わない。


 錆を落とせた者は全員で七人。


 五百人ほどいて七人というのはかなり少ない。


 宝もごのみしたものだ。


 寺の境内ではそのまま祭りも開かれるので、外れた者の大方おおかたはそちらに流れていく。


 若様、御蔵奉行そして住職が上座かみざに落ち着き、

「さて、内訳うちわけであるが・・・」

 住職が錆び落としの結果を伝える。


 最初の懐剣は三人。

 次の椀は一人。

 三つ目の銃の錆を落とせる者はいなかった。

 四つ目の風車は二人いる。ユウジがその内の一人だ。

 五つ目の大剣は一人。

 六つ目の本の錆を落とせる者もいなかった。

 最後の槍も一人。

 そして、懐剣と椀の二つの宝の錆を落とせた者が一人いたらしい。


「お名前ではなく、番号札でお呼び立てして申し訳ない。」 


 本堂に五つの宝が運ばれてきた。

「それでは、最後に錆を全て落として本題へ入りましょう。」

 住職の前にまず懐剣が置かれる。


「まず、多くの方々の中から選ばれしことで、期待の高まる中、申し訳ござらんが、最初に申し上げたように、その後の鑑定でただ錆が落とせるだけと判断されれば、ここでお引き取りを願うことになりもうす。かさねといえど宝は貴重。より有効に使える者に託す必要があるからでござる。拙僧が持つこのメガネも宝のひとつ。当人しか見えぬ宝の仕様しようのぞき見ることができる代物しろもの。これが長年、鑑定役を任されてきた理由でありまする。」


 住職は袂から虫メガネを取り出すと懐剣を台ごと少し引き寄せた。


「では、懐剣が気を向けし者。そう、そなたとそなたと・・おぉそなたでしたな。誰からでも良いから宝を持ったままワシに見せてくだされ。見定めてみせましょう。」


 住職の前に進んだのは、どこかのお店の女将おかみであろうかという年配の身なりの良い女性と使用人風しようにんふうの男そしてあどけない村娘の三人。


 住職は順に宝に触れて見せるようにうながす。


「何が見えても、口にしないよう・・・良いかな?」


 先の二人を鑑定し、村娘がおそるおそる懐剣に触れてこしらえから抜いて見せると初めて住職が

「ほう・・・お奉行殿」

 御蔵奉行も虫メガネをのぞき込む。


「ここに・・・」住職が抜き身の懐剣のむねの部分を指さす。


「分かり申した。」


「良いぞ。戻しなさい。」住職はメガネをたもとに戻しながらほほ笑んだ。

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