第42話 爺様と孫


「何が起こった?」

 シロウは愕然がくぜんとしていた。思わず握っていた刀を落としそうになる。


 たった今の今まで、死に物狂いで戦っていたアダケモノが砂となって消えたのだ。


 虎河の兵も倒れている。死んでいるのか?シロウは数人の敵兵の首元の脈をみる。


 意識が無いだけであろう。


 こちらの兵は、気絶していないようだ。


 あの大きな鈴の音。その後、砂の楼閣ろうかくのように敵が砕け散ったのだ。


 お祖父様じいさまだ。お祖父様の海星の涙ステラマリスに違いない。


 シロウは虎河こが兵に縄を打つように指示すると奥に向けてまた駆けだした。


 そしてひとつだけ確信があった。


 目がかすむ。


 ここはまだ・・・ク海だ。


 アダケモノどもは、お祖父様が葬り去ってくれた。だが、この腐れた海は引いていない。


 この城のどこかに隠れて咲くアレは・・・仇花アダバナはまだ生きている。


 しかし、なぜだ。


 はじめから変だった。ク海とは仇花アダバナが咲いてその水位を上げるものと思っていた。


 シロウは前提が違うのか疑う。なぜなら、滝でみんなで仇花アダバナを討ち、ユウジを失ったのは四日前だ。シロウが目覚めたのと父勇那守が討たれたのは二日前。


 つまり、満月から四日経っている。その四日間ここはク海ではなかった。なかったのだ、確かに。


 仇花アダバナはどこかで咲いているのか?それとも別の何かか?


 大殿のおわす奥に近づいた。入口が大きく壊されている。焦げる臭いもする。


「大イノシシめがぁぁ。・・・お祖父様、お祖父様っ!」


 瓦礫がれきを飛び越え中に飛びいる。


 そこには三人の老人とひとりの赤子が座っていた。


みな、ご無事か?」シロウの声はうわずる。


 何かがおかしい。祖父が座布団を枕に寝かされている。


「お祖父さま?い、如何いかがなされ・・た?」

 やはり・・・やはりそうなのか?シロウは足の力が抜け、這いつくばって祖父に近づく。


本懐ほんかいげられました。」

 ジカイとヨウコ婆が揃って諸手をついて伏した。


「こっここ、これが最後の仕事でしょうか?お祖父さ・・」

 いきなり、シロウは自分の鎧の胴元を左手で持ちあげた。


「んっ!んうううん、ふん!ふん!」

 自分で自分の腹を殴っている。何発も何発も。


「若!」ヨウコ婆が近寄ろうとする。

「良い。」ジカイが止めた。


 這いつくばっていた体を起こし、痛みと涙とよだれまみれの顔を今度は自分で殴り始めた。

「しっかりせんかぁぁぁぁ!シロウ!」

 自分で自分を怒鳴りつける。


「しっかり・・・しっかり・・せんか。」

 

 ようやく止まった。うなだれる口からは血の混じったよだれが畳に糸を引いている。


「機嫌良う・・せんとの・・・。」

 かすかにつぶやき、よだれの糸は切れた。


「お祖父さまは、すこやかに旅立たれたか?」

「ええ、長年、お顔を見たかった方々に会われたのです。それはもうお幸せそうで。」

 ヨウコ婆は吹っ切れているらしい。

「ワシなどあまりかまってもらえず、けるほどじゃったわい。」

 ジカイは少しすねねているみたいだ。


「ならば、結構!」

 シロウは機嫌良く微笑み、両手をついて深く深く頭をさげた。


 

 ようやく顔をあげると座布団に座るひとりの赤子がシロウの目に入った。

「わっ!」

 シロウが驚くのも無理はない。額の目しか開いてないからだ。


「明丸殿にございますよ。」

 老人二人は面白そうにしている。

「え?しかし。」

 明丸ことムミョウ丸は十歳くらいなはず。この子は良くて1歳だ。立ててもいない。

 しかも、目が、目が。

「大殿からお聞きにならなんだか?」

「いや、偽の里子を出して、奥にかくまった客人だとしか・・・」


 じっと見つめあうシロウと明丸。


 明丸が両手を広げた。

「抱っこをご所望しょもうですよ。」

 ヨウコ婆は強引に明丸を連れてくる。

「おっ、おう。でも我は汚いぞ。今。」

 シロウは言い訳しながらもおっかなびっくり明丸を抱く。


 すると、

「ここにおるではないか!現太め!分かっておったな!」

 青年の声がして、シロウは首筋になにか付いたのを感じた。

 どこから男の声がしたのか分からずシロウは明丸を抱っこしたまま周りを見渡す。

 

 それは、貼札だった。銀の部分が肌に溶けていく。


 そこには、星から落ちた雫が水面で波紋を起こす絵が描いてあった。


「現太の奴め、どこの誰とも知れぬ者に妹達をくれてやる気はなかったな!」

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