第28話 鈴と幼子


「お連れいたしました。」


 ほんのしばらくしてナツキの呼びかけが聞こえた。


 明丸あけまるが部屋に入るとのことで、開けられた障子の向こうに現れたのは・・・。



 一匹の亀だった。



 それも、大きな陸亀りくがめ、人間の子どもほどの大きさがある。


 色はなんと、甲羅は金縁の緑色だが、体は桃色。


「おうおぉ、久しいなぁ。」


「もそっと、こっちへ来やれ。」

 ジカイ和尚が孫を手招きするように笑う。


 亀は人語がかいせるらしく、ゆっくりと部屋の真ん中にやってくる。

 そして愛らしい瞳で周りを見回した。


「ムミョウ・・ああいや、明丸あけまる殿は寝ておるのか?」

 大殿が問うと亀は首をもたげるとゆっくりと地面に腹をつけた。


「起きて笑っていると申しております。」

 ヨウコがひざを折り、亀を撫でながら通訳した。


「どうれ、顔を見せてくれぬかの?モモ」

 大殿が堪らず立ち上がった。


 この亀はモモという名らしい。


 ヨウコがトントンとモモの背の甲羅の縁を叩き、呪文を唱える。


「 MauldDarwin JenniferWale 」


 すると、モモの目がハッと桃色に光り背中の甲羅こうらの上のほうの部分が点滅し、そして消えた。


 その部分には、柔らかい敷物があり、一歳くらいの男の子がケラケラと笑っていた。


 ヨウコが抱き上げて顔をみせる。

 

 何とも愛らしい、髪がまだ黒くならず、茶色でクリクリとした目をしている。


「おお、返ってこられたか。また会えましたの。お久しぶりでございます。」

 大殿は明丸あけまるを大事にいだきながら、赤子に言うことではないことを話す。


「ヨウコ殿、此度こたびのこの事態で時期が早まったが、大丈夫かの?思ったより幼いが。アンヨはできるのかの?」

 ジカイが髭を撫でた。少し浮足だっている。初孫を初めて抱く前の爺様みたいだ。


「ええ、まだ立てませぬが、首ももうしっかりとされてます。お気づきですよ。」


 

ーゴガァァァンー

 アダケモノの群れの攻撃が近づいたのだろう。城が揺れたようだ。


ー押し出せぇぇぇぇlー

 遠くでシロウの声が聞こえたような気がした。


「若い者が踏ん張っておる。・・・時がないの、さあ、始めようか」

 

 そして大殿が胸元の明丸あけまるにつぶやいた。

「怖いやつは、爺ちゃんたちがやっつけるからの。あんしん。あんしん。」


「おっと、観の星王ユーグや、教えておくれ。」

 ジカイ和尚は懐から虫眼鏡を取り出した。そして天井に向ける。


「ギャッ」

 虫眼鏡から放たれた光線が井の闇に潜む何かを焼き殺した。


―ボトッー

へびかえ、気色の悪い。」

 天井から落ちてきたのは、石の蛇、いやアダケモノの蛇だ。


海星の涙ステラマリスよ。仇為すモノたちはどこかな?」

ーキィィィィィィィィィンー

 両手の鈴ステラとマリスがぶつかって鳴った。大殿だ。


「ほう、にぎやかじゃの。ナツキ、モモの影に隠れなさい。ジカイ!」

 大殿が明丸をそっとナツキの腕に預けると、鈴の紐を右手に左手をジカイの肩に手を置いた。


「おお、なつかしい。あ、これ危ない。兄上、少々たたみを汚しますぞ。」

 たもとから袋を取り出し、右手で何か灰のような欠片を空中に撒いた瞬間、障子を突き破って数十というハエのアダケモノが突進してきた。


「いらっしゃい。」

 ジカイ和尚は正座のまま、左手で虫眼鏡を欠片へ向ける。


ーギョォォォゥゥウウウー

 撒いた欠片の乱反射により、数十のハエのアダケモノが一瞬で光線に焼き殺された。


「虫眼鏡の使い方が違うというに」

 ジカイは虫眼鏡を懐にしまって、お茶を飲む。


掃除そうじしとけよ。」

 兄はポソリと釘を刺した。


「しかし、兄上の察知能力ソーナーは衰えておりませぬな。」

 ジカイは大殿の文句など聞いてはいない。


「ああ、鈴の音ステラマリスが敵の位置を暴いてくれるからの。でも昔ほどよく聴こえんな。」

 聴きたくないことの方が多かったと大殿はつぶやく。


「昔はよくこのようにして、兄上が手を肩に置いてくれれば、次どうすればいいか分かったもんでしたな。」

「それは、お前のコク宝、観の星王ユーグの力よ。ワシは鑑定、識別は我は得意ではないからの。我等は兄弟ゆえに相性が良かったという訳じゃ。」


「兄上と相性が?御冗談ごじょうだんを。」

 ジカイは自嘲した。自分が僧の道に入った理由の根本がそこにあるからだ。


「そうだな。いろいろとあったな。まぁ時間がたてばなんとか許せることもある。」

 大殿は弟の思いをくみ取ったのか、兄としての気持ちを伝える。


「おお、またお客人のようですな。」

「そのようじゃな。」

 兄弟の目が部屋のはしふすまを指していた。


「サヤ殿、出て来られよ。」

ースウッー

 襖が開いた。若い娘が正座している。


「なんで分かったとですか?」


「カカカ、男はつい美人を目の端でも追ってしまうからの。」

 ジカイは茶碗の中身が空になり、急須きゅうすを探している。


「和尚様、オヤジくせえです!」

 これは、サヤの性分しょうぶんなのだろうな。


「これっ!目上の方になんとはしたない!」 

 ヨウコがジカイにお茶を注ぎながらもピシャリと叱った。

「すいません。」


「そなた、シロウの報告にあった獅子谷村ししやむらの娘じゃな。」


「・・・はい。」

「言いよどんだな。素直な娘よ。」


「若にはバレていたろう?」

 こういうことにはサヤは一向いつこうに答えない。


「まあ良い。今から外に出ても危ないだけじゃ。そこに居よ。」

 

「大殿、ジカイ様お時間が。」

 ナツキが明丸を連れてきた。


「おおそうだな。明丸あけまる殿、待たせてしまいましたな。」


 ムミョウ丸こと明丸あけまるはニコニコして大人しく座っている。


「我が生きた証、ぎ取ってくれましょうや?」

 大殿の問いに明丸あけまる綺麗きれいな両方の瞳をパチクリとさせた。


「我が命はもうすぐ力尽き、魂は永劫のㇾダの底に沈みまする。その前に我が力の証を預かっていただきたくお願い申し上げる。我がコク宝、海星の涙ステラマリスを人の世のために生かして欲しい。ハリのヌシ様にお願い申し上げます。」


ーゴガアァァァァンー

 廊下に続く入口の襖が吹っ飛んだ。


「今度はイノシシかい!」

 ジカイが呆れて茶をこぼしそうになる。

「こおりゃあ、観の星王ユーグで焼くにはでかいのお。」


 瞬間、イノシシのアダケモノが明丸あけまると大殿を狙って突進。


 だが

ーゴォォォンー

イノシシモドキは轟音ごうおんと共に自分が壊した入口まで弾き返されていた。


「あーあ!モモちゃんの六芒星の盾狼ランドルフにぶつかってしもうたわい。わあ・・痛かろうに・・・。」

 ジカイは美味うまそうに茶をすすった。

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