第13話 女神と願い

 

三人は焚火たきびかこんでいた。そして小さな一人は周りを飛び回っている。 


「改めて、俺の名は片城かたき、片城 ユウジロウという。」


「お城の若様はユウジと呼んでいたね。」

 マチルダが焚火に小枝をくべた。


「ああ、小さいころから若様にはそう呼ばれているよ。」

 そうだな、可愛がってくれたな、色んな意味で。ユウジは思い出した。


「ユージ、ユージ」

 ローラが回転しながら辺りを飛び回る。


「ふふ、そう呼んでくれてかまわないさ。」

 ユウジも小枝を焚火に放り込んだ。


「ひとつ聞きたいのだが、あなた方はどういう存在なんだ?ク海でも平気の様子だし。」

 単刀直入いきなりだがこれが訊きたい。


 マチルダの持つ小枝がふと止まった。

「説明がむずかしいわ。」


 人ではない者の説明だからな、そうであろう。


「ユウジ様、人は生まれてすぐの記憶はないのでしょう?」

 メルは大事そうに手のひらにお椀を抱えている。


 当たり前だとユウジは思ったが表情には出さない。


「それはもちろん。物心ついてようやく少しづつ覚えていることが増える。」


「我々は違う。」


「どう違うのだ?」

 やはり人間ではないな、そう思う。


「私達には、与えられたそれぞれの物語せっていがある。」

 紅い髪が焚火とともにユラユラと揺れるように光る。


「なんだと?意味がわからない。」


「私達は私達の意識の深いところにある意志に突き動かされています。」

 メルは自分の椀についだ飲み物を飲んでいる。


 与えられた自分、深い意志。


 背後に誰かの影を感じる。


「いわば、共通する願いを受けて動いているのよ。」


「マチルダ殿、誰の願いなのだ?」

 そこが肝心だとユウジは思った。


「我等が女神あるじだ。」


「どんな願いなのだ?」


「君たちは会ってすぐの人間に、主君の思いを話してしまう人たちなのかい?」

 紅い瞳は別に怒らないけど、ここまでよと言っているようだ。


「それは、そうだな。失礼した。」

 ユウジは興味が引き付けられたが、仕方ないと諦める。少しずつだ。少しずつ聞き出そう。


「そして、私達には基本的に寿命がないのです。もしくは人のそれよりはるかに長い。」


「それは正確には違うでしょ。メル。」


「そうですね。そもそも私達はこの次元では生きてはいない。生物ではないことはお分かりでしょう?」


 ああ、知っているさ。目の当たりにすればな。


 ユウジは今日のことを思い出していた。そして口にしたい表現せりふを変えた。

「ああ、懐剣とお椀とそして風車の精だと思えばな。」


「私達はね。一種の力の流れの集まったもの。」

 マチルダの手に握られた小枝が火花を散らして燃える。


現象げんしょう具現化ぐげんか・・・とでも申しましょうか。だからク海の影響は受けていない。」

 メルの言葉も歯切はぎれが悪い。


「分からないな。存在自体が。」

 ユウジは分からない。時間をかけてでも理解していくべきなのか。


「それはね。おたがい様なんだ。」

 マチルダの優しい紅い瞳が焚火の揺らぎとともに揺れていた。



 すると突然、ローラがそよ風のように舞い込んで話してくれた。

「女王さまがね、人とたくさん仲良くして呪いを解いてって。そしてあの人を探してって言うのぉ。」


いきなりのことに、ユウジは戸惑う。

「女王・・・呪い?探す?ダメだ混乱してきた。」


「そうでしょう?私達もハッキリしませんの。」

 メルも目を閉じて飲み物を口にしている。


「この話はここまでにしないか?」

 マチルダが小枝を放って立ち上がった。




ーザザザザザザァァァァー

 滝のしぶきの音が響く。


 ユウジ達の落ちた滝はかなりの落差で流量りゅうりょうが多くこけむしていて滑りやすく、直接登ることは現実的ではないと三人は考えた。


 この川は獅子谷村ししやむらの水源でもあるはずだから川沿いに歩けば村へと続く道に出る可能性は高い。

  

 結論としてそこからク海の外へ出ることを考えようということになった。


 マチルダの焚いていた焚火は彼女の作りだす結界で、並みのアダケモノは警戒して近寄ってこないらしい。


 つまり移動のために結界を解除すればアダケモノに会敵かいてきするということを意味する。


「滝の上のことが気になるから急ぎたい。」

 ユウジが生死のふち彷徨さまよっている間に夜は明けていた。


「そうですね。ユウジ様のお体にも良くはないでしょうし。」


「さて、サヤ殿の話ではこの右手の方に村があるはずだから。」


 三人が腰を上げようとすると、


「ユージ、ホネぇホネぇ!」

 ローラがクルクルとまとわりつく。


「どうしたんだい?」


 誘われるままについていくと、


「ああ、これは!」

 仇花アダバナの根に吹き飛ばされた、若様に借りたアダケモノの骨の刀だ。


「ここまで落ちていたのか?」

 刺さっている石からザッと引き抜く。


「刃こぼれが無いな。」

 これはもともと並みの刀ではないのだ。いかに仇花アダバナが硬かったかということだ。


「これは心強い。」

 さやは失くしたが、少しは頼りになる。


「ユージぃ。イイとこ見つけたよぉ!」

 またローラが不規則に飛び回る。


「イイとこ?」


「どうしたんですかぁ?出発しますよぉ!」

 メルが手を振っている。


「ローラがまた何か見つけたって!」


「なんですって?」

 二人が川原の石を飛び降りて近づいてきた。


 先を急ぎたいから、寄り道はしたくないユウジなのだが。


「ローラがこう言う時は、何かありますわね!」

 メルがローラに連れてってと近づく。


「いいよぉ!」

 光を振りまいて喜んでいるようだ。


 メルが滝の方へ向かって歩き始めた。マチルダも自然に後を追う。


「おい!ちょっと!そっちは滝だろう!」


 マチルダが後ろを振り向いて

「ああ見えて、ローラは幸運のかたまりなんだ。君も知ってるだろう?」


 マチルダの腰の懐剣が揺れてあしらわれた紅玉がキラリと光った。

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