第73話 家臣と若君

成馬宮なるまみや城近郊 大ムカデの野原


「敵、来ます!」

 マリスの声が響く。


 六人が飛び退いた真下からおぞましいムカデが土煙とともに踊り出る。


 チエノスケの踏ん張る周りには黄色に輝く重い羽音が集まる。

 いつでも主人と飛び立つ用意はできている。


 その時、ユーグが叫んだ

「あっ、ダメッ!」


 しかし、チエノスケはもうそこにはいない。羽音とともに飛び立っていた。一条の光の槍となって。


 大きなぶつかる音がした。


 チエノスケが落ちてくる。シロウとグンカイが頭を打たぬようチエノスケを必死で受け止めた。


「あっ!」

 そこには、城に巻き付いていたはずのもう一匹の大ムカデがいた。


 しかも、こいつ飛べるのか?こいつが横からチエノスケにぶつかったようだ。仇花アダバナあたまの相方を守るために。


「夫婦で邪魔かよ!」

 シロウは、この大ムカデ二匹という、普通の大きさでも見たくないおぞましい状況に怒っている。


 これはまずい。頭に仇花アダバナを乗っけたやつは、それでも花を守るためか、手下を使った攻撃で自身での近接攻撃には消極的だった。しかし、この飛んできたやつは違う。寝ているとき、天井から人の顔に落ちてくるように、積極的に攻撃してくるだろう。


「ムカデなら、ゴキブリでも食ってたらよかろうに!」

 ああ、こいつらにとっては、人間はゴキブリなのか!許せん!シロウは頭に血が上り始める。


「シロちゃん。機嫌良く冷静に!じゃないとチーちゃんが!」

 ユーグがシロウの袖をつかんでいる。

 

 チーちゃん?チエノスケのことか?


 ああ、またチエノスケは頭から血を流している。思いっきりぶつかったな。一度説教せねばなるまい。しかし、頼んだのは我よなとシロウは思う。


 すまん。こんなに一途に思い切りやりおって。お前は愛すべきバカなところがあるよな。


 主君の一言が家臣を死なすこともある。あれだけお祖父様に言われたのに。


 なんとかチエノスケを無事に連れて帰りたい。


 しかし、花も切り落としたい。


 ああ、花に手が届かぬ。遠いなぁ・・・おい、こういう時どうすりゃあいい?


 だから、

「アハハハハハハハハハァァァ!」

 シロウはムカデの前で大笑いした。


 苦しい時ほど、言の葉は明るくつむげ!


 また脳みそが挫けることを許すな。頭をだますのじゃ!


 我はできる、そう確信させよ。


 我の他にだれがこの者らを救える?


 何度も何度も口に出して、己の機嫌を上げていくのだ。


「さぁ、虫けらどもよ!その花は預けておいてやる!ありがたく思え!」


 チエノスケを抱き寄せる。なんとか安全なところへ。


 すると、


 緑の光の矢がムカデどもに降り注ぐ。月の荒鷲が舞っているのだ。

「あはは、なかなか清々しい逃げ口上ですな。ならばここは私にお任せを。」


「グンカイ!」

「その若者は失うのは惜しい一途なやつじゃ。将来のため、老いぼれから先に行くのが道理よ!」


 グンカイはいつものグンカイだ。余裕をこいて歩きながら矢を撃ちまくる。


 驚いたことに両方のムカデの八つの目にはそれぞれもう緑の矢は突きたっているのだ。


「明かりとりの目でも、ないと不自由じゃろうて!アハハハハハ!」

 豪快に笑ったかと思うとフト真顔になった。


 ほんの一瞬だった。仇花アダバナあたまが下を向いたその時、あの銀に輝く矢をつがえて真顔になったのだ。


 また、音を置き去りに鷲の矢は飛び立つ。


 今度こそ、今度こそ獲った!・・・そう見えた。


 その頭を撃ち抜かれたのは、花を生やしていない方の頭だった。かばったのだ。


 多くの死にかけのムカデがそうなるように、ムカデは無秩序に暴れ出す。そして何かを体から出したのかもしれない。仇の花頭の相方も暴れはじめる。こいつらは、本当につがいか、はたまた親子か。


 グンカイは腕を抑えて動かない。いや動けないのか。

「グンカイ!」

「若ぁ!早うお逃げなされ!」

 口上は口先だけかと、グンカイは笑った。


 暴れまわるムカデのしっぽが背中からグンカイを襲う。


「グンカイィィィ!」シロウは言葉にならぬ絶叫をしていた。


 

 グンカイは・・・砕け散らなかった。


 砕け散ったのは大ムカデの尻尾の方。


 そこには黒い鎧の男が槍を手に立っていた。金色に輝く風をまとって。

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