第45話 馬と人間(4)
「しかも、だ」
と
「馬車鉄道存続の署名が集まった、で、存続が決まった、ってマスコミに取り上げられると、そのおかげで馬車鉄道にはお客が押し寄せて、行列で一時間待ち、ときには二時間待ち。しかも、馬車鉄道が人気だって知ると、今度は、社長、「馬車鉄道友の会」とか作って、しかも、おれの意見も獣医の意見も聞かないで、お客と馬がふれあえるイベントとか開かせて。もともと不特定多数の人間に触れられるのになんか慣れてない馬なんだ。馬は後ろに回られると不安だから後ろ蹴りしたりするんで、子どもが後ろに回らないように見張ってなきゃ行けないし、馬はストレス溜めるし。それで、満員の馬車を引くのに、四頭で回さなきゃいけないし。人間もだけど、馬も休むひまもなしだ。これだけ馬車鉄道が人気なんですから、馬を増やしてください、って言っても、馬車一台に馬が四匹いればじゅうぶんだろう、それでも多いくらいだ、とか言って。そのせいで、馬も人も疲労
右馬之祐さんは、眉を寄せて、床のブルーシートに目をやった。
「馬車が橋から転落しそうになった……事故?」
と、控えめな声で聞いたのは
「まあ、事件だな」
と右馬之祐さんは言う。
「事故と事件の区別とか、本職のおまわりさんの前でこだわるつもりはないけどさ」
と
西香純巡査長は何も言わなかった。
一瞬、スマイルをして見せただけ。
「秋の終わりの、日暮れの早い季節でさ。それまでは、日暮れが早い季節は四時を最終にしてたんだけど、五時半閉園なのに四時で仕舞うとは何ごと、とか社長が言って、日暮れの後の五時まで馬車を走らせてた。そしたらさ」
と右馬之祐さんは短くことばを切る。
「その問題の橋のところはもともとお客さんは立入禁止だったんだけど。まあ、斜面が急で、危ないからな。ところが、そこに入り込んで、しかもいきなりフラッシュを
「その存廃問題がニュースになったせいで」
と西香純巡査長が言う。
「全国の「撮り鉄」にここの馬車鉄道の存在が知られましたからね」
右馬之祐さんが首を傾げる。
「おまわりさん、なんでそんなに詳しいんだ? だって、あんたが生まれる前のことだろう?」
「生まれてはいましたけどね」
と西香純巡査長がすばやく答える。
「わたし、そこまで若くないですよ」
と笑って言う。
照れたのか、義務的に笑って見せただけなのか。
続ける。
「でも、なんで知ってるかというと、ここでこういうことを始めるときに、ゆめ牧場の閉園までの流れも調べたからですよ」
「ここでこういうことを」というのは、その馬車鉄道の事務所を監視カメラと赤外線カメラで見張る、ということを、だろう。
そこまで言って、巡査長は、ふっ、と息をついた。
「そのころは、まだ、SNSなんかまだなかったから、ニュースで広がる、新聞に載る、ってけっこう大きくて。馬車鉄道に乗りたい人はもちろん、だけど、写真を撮りたいっていうのも来たんですよね。それも全国から」
右馬之祐さんは、うん、とうなずいた。
「それで、いきなりフラッシュを焚かれたものだから、馬車を引いてたホープちゃんが驚いてしまって、馬車後ろにつないだまま後ろ足で棒立ちになって、それから、暴走、馬車は脱線。脱線して馬車が動かなくなったんでホープちゃんはさらに暴れて。
そこで、右馬之祐さんは顔を上げた。
眉を寄せて、上目づかいに巡査長を見る。
低い声で、言う。
「調べたんなら、それでどうなったかは、知ってるんだろうな?」
挑みかかるように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます