第41話 西香純巡査長の話(3)
「一か月ぐらい前からかな、煽ってるのよ、そいつら」
と
「ここの写真を撮って、心霊スポットだとか、秘密の地下通路をわれわれは発見した、とか、それらしい写真とか、動画とかを配信してるわけ。わりと動画の作りかたは巧いと思うよ。それでも、まあ、地下通路の入り口っていうのはほかのところで撮った写真だし、心霊写真って言ってるのは合成写真とか、あとはただ画角の外からライトで照らしてるだけ、とか? あと、地下通路の存在を示す「謎の図面」というのも出してるんだけど、それも別のところの図面。そういうので廃墟マニアを引っかけて、それで、ここに、何も知らずにおびき寄せられた廃墟マニアをいたぶるつもりなんだろう、って。で、
と西香純巡査長は、向かい側に座っている矢畑さんに目を向けた。
「だから、下手すると矢畑さんがそれに引っかかってるところだったんですよ」
「あ」
と顔を上げた矢畑さんがわかっているのかいないのか。
「ああ」
とまた顔を伏せてしまう。
「じゃ」
と
「わたしたちも危なかったってことですか?」
「まあ、さすがにいまの時間になって、悪さをしに来ることはないと思うけどね。だいたい犯行時刻は夜中だから」
巡査長の、暗いところがまったくない、という笑顔や声と、言ってる内容のギャップがとても大きい。
「で」
と言ったのは
「ここで、張り込み、っていうのをしてるんですか?」
「ま、趣味の張り込みだね」
と西香純巡査長は言った。
張り込みって、趣味なの?
「わん」
いや、シュー君の趣味を聞いてるんじゃないんだけど。
巡査長は、その警察の犬的なシュー君のほうも見ないで、すーっとそちらに手を伸ばし、マントをつけている首のところの毛をいじってあげる。
「つまり、そんなのだから、正式に事件にならないし、さっき言ったように警察も人手不足だから、優先してこれを調べろ、って話にならないわけ。ほかにもいっぱいあるからね、事件。夜中の繁華街でケンカとか、行き場のない中学生さんの野宿とか、防犯ちゃんとしましょうって広報して回ったりとか。でも、もしかすると、ここでその犯罪集団のしっぽつかめるかも、って思ってさ。まあ、あなたたちなら、いいでしょ」
と、巡査長は、自分の後ろに置いていたバッグから薄いノートパソコンを取り出した。
ぱっ、と開いてみせる。
そのノートパソコンの画面が、上下左右二つずつ、四つに分かれていて、そこに何かが映っている。
左二枚はけばけばしいくらいに色が鮮やかだったが、右の二枚は白黒で、何が映っているかよくわからない。
何だろう?
「ここの前の道と、そこの
と言ったのは
「うん」
と巡査長は言う。
「ここの庭のところに監視カメラと赤外線カメラを隠して設置してて、ずっと録画してるんだけど」
赤外線……。
なんか、本格的なような。
その、何が映っているかよくわからないような白黒のものがその赤外線カメラで撮影したものなのだろう。
「じゃあ、わたしたちも映ってる?」
と初子が長い髪を押さえて首を
首を傾げながら、反対側の手をそーっとシュー君に伸ばしている。
巡査長から、シュー君をかわいがる主導権を奪うつもりか。
「うんっ」
とても楽しそうに西香純巡査長は答えた。
映ってるのか。
まあ、
で。
右と左から、巡査長と初子にかわいがってもらうシュー君!
「くぅーっ」
気もちよさそう……。
「で」
と、シュー君の相手を初子に任せて、西香純巡査長は顔を正面に向けた。
「矢畑さんが、廃墟マニアでも、廃墟マニア狩りの犯罪者でもないことはわかってるんですが、じゃあ、夜明け前に来て」
西香純巡査長は、これまでの「じゃあぁ、夜明け前に来てぇ」という甘い言いかたではなく、はっきり発音して、はっきり区切って言っている。
「いったい何をなさってたんです? もちろん、何もおっしゃらなくてもけっこうなんですが」
その顔もこれまでと打って変わって、厳しい。
警察官っぽい。
でも、その表情には、厳しいなかにも微笑の部分が残っている。
美人なんだな、このひと、こういうの得だな、と美和は思う。
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