第6話 シュー君の謎を解く

 「えーっ? 友梨咲ゆりさ? シュー君いっしょなの? 行く行く」

というのが、美和みなの早朝の電話に出た初子はつねの軽い返事だった。

 相変わらず、テンション高くて、声も高いな。

 「シャワー浴びてから行くから、ちょっとかかるけど、できるだけすみやかに行くね」

 速やか。

 なるほど。

 お嬢様の初子は、そういう言いかたをするんだ。

 または、報道の人の娘の初子は。

 いや。

 それではなく。

 「あ」

と美和が謝る。

 「シャワーの途中だった? ごめん」

 「あ、そうじゃなくてね」

と、あの高い澄んだ声で初子が反応する。

 「猫のにおいがついてると、シュー君、いやがるでしょ? いまはだいじょうぶだと思うけど、いちおう洗ってから行くね」

 はあ。

 初子もシュー君の猫嫌いを知ってるんだ。

 「それじゃ。友梨咲のうちの前にいるから」

と美和が言うと

「うん。できるだけ早く行く」

 今度は「速やか」ではなく「早く」と言った。

 電話を切る。

 友梨咲に

「猫のにおい消すためにシャワー浴びてから来るって」

と言うと

「そういうところで気をつかうのが初子だよね」

と友梨咲は言った。

 そうか。

 犬が、自分の体についているかも知れない猫のにおいを嫌う。

 そういうことに気をつかうのがこの初子という子なのか。

 そんなわけで、友梨咲とシュー君と美和の三人で待つことになった。

 二人と一匹。

 みんな動物ということで「匹」で揃えるんだったら三匹。

 ここは三人にしておこう。

 三人で待つことになったので

「シュー君っていうんだ?」

と、美和はシュー君の名の謎に迫る。

 「わん、わん」

と、シュー君が説明しようとする。

 が、もちろん、人間には伝わらないので。

 「もともとね。動物病院のペット紹介会で出会ったんだ」

 「わんっ!」

 シュー君が賛同の意思を示す。

 ペット紹介会というのはよくわからないけど、動物病院で、生まれたけど飼えない、ってペットを、ペットが欲しいひとに紹介する会かな?

 「親との約束で、わたしが中学校入ったらペット飼っていい、って話だったから。犬か猫か、それ以外、うさぎとかね」

 そういう選択?

 「で、この子がいちばんかわいかったから、もらっちゃった」

 つまり、猫やうさぎとくらべても、ほかの犬とくらべても。

 「で」

 あんまり名まえにこだわるのも悪いかな、と思ったのだが。

 「最初からシュー君っていう名まえ?」

 犬としては、珍しい名まえだと思う。

 犬でなくても、かな?

 「違う違う」

 「わん、わんわんっ!」

 相変わらず、息が合ってるなぁ。

 「いま、このマント着てるからわからないけど」

 「わんっ、わんっ」

 背中につけてる青い布。

 これ、マントなんだ。

 「この子ね、首の後ろだけ白いんだよね。で、最初は首白君とか言ってたんだけど、っていいにくいから、くび君になって、でも、クビはあんまりだ、っていうのでシュ君になって、けっきょくシュー君で落ち着いた」

 「わんっ!」

 「わんっ」はいいけど。

 「クビ君」がひどいのもわかるけど。

 もしかして。

 「それで、シュー君が首の後ろが白いのを気にするから、この青いマントとかしてるの?」

 「いや」

 友梨咲はかんたんに否定した。

 「なんかさ、去年の夏に、暑かったでしょ? 温暖化とかで」

 「うん」

 温暖化で暑かったのかどうかは知らないけど。

 もともと、川路かわじの街は盆地で、風が通らないのでほかの街より暑い、という話を、美和は子どものころから聞かされてきた。

 「それで、直射日光よけでつけてあげたら気に入ったみたいで、散歩のときにはつけてあげることにしたんだ」

 「わんっ! わんわんっ!」

 はあ。

 いいけど。

 夏に布をかぶっていたら、かえって暑いんじゃないかと思うのだけど。

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