第5話 猫屋敷の初子

 「そこの猫屋敷」の河辺こうべ初子はつね

 そう言えば、昨日来た、昔は清華せいかの、いや、清華という店になる前の「こじか食堂」の常連だったという新聞社の偉い人が、河辺家を訪ねたけどだれもいなくて、猫ばっかりだった、という話をしていた。

 うん。

 初子。

 猫っぽいと思うよ。

 美少女だけど、あの顔の写真に、右と左に三本ずつ長いヒゲを描くと、似合いそうだ。

 ネコミミは?

 いや、そういうことではなく!

 「知ってるの?」

美和みな友梨咲ゆりさにきく。

 まあ。

 知っていなければ「こうべはつね」と言われてもわからないだろうから、知っているのだろうけど。

 「まあ、さあ」

と友梨咲はとまどった。

 「あそこ、いま、お父さんお母さんがいないとかでしょ?」

 「うん」

 それも、いま、戦争のニュースが毎日流れてくるヴェリャというところに行っているのだ。

 知ってるんだ。

 友梨咲は。

 「だから、いちおう、わたしが、っていうより、うちの親が気にかけてるんだけど」

 たしかに、家に一人でだいじょうぶなのか、と美和がきいたら、初子は、うちは近所とも関係がいいから、というようなことを言っていた。

 そこにこの友梨咲の家も含まれているのだろう。

 でも。

 親が初子のことを気にかけていても、友梨咲は初子が嫌い?

 「わたしも仲いいんだけどさ」

 友梨咲が言う。

 じゃあ、いいじゃん。

 そう声に出すことはしなかったけれど。

 「だけどさ」ということは、何かあるのだ。

 「シュー君が強烈に猫が嫌いで、この家からあの猫屋敷のほうには絶対に行かないんだよね」

 友梨咲が口をとがらせる。

 困った顔が、かわいい。

 「ここが対猫最前線で、自分が国境警備隊みたいな気でいるらしくて」

 対猫最前線って……。

 敵はみんなその猫屋敷から出撃してくると思っているのだろうか?

 なんか、平和じゃないよなぁ。

 毎日十人とか百人とかが死んでいく戦争をやってる人間が言うことじゃないだろうけど。

 「だから、美和が初子といっしょにどっか行くなら、もしよかったら、わたしたちも途中までいっしょに連れて行ってもらえれば楽しいかな、と思ったんだけど」

 「わたしたち」というのは、友梨咲とシュー君のことだろうけど。

 かわいい。

 飼い主が愛らしい性格をしているから、シュー君もこんなにかわいいのか?

 「じゃあ」

と美和がきく。

 「シュー君と初子とどっちかを選ばないとダメってこと?」

 「ダメじゃないけど」

と友梨咲がちょっともどかしそうに言う。

 「初子がこっちに出て来てくれるなら」

 「あ」

と、美和はうなずいた。

 「じゃあ、初子に電話できいてみる」

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