第7話 地域猫と河辺家の庭

 そこに玄関の戸が開いて女の人が出て来た。

 顔の楕円形が強調された感じの、「好感度高め」という感じの女の人だ。

 でも友梨咲ゆりさのほうが色白だ。おんなじように美人だけど、タイプが違う。

 友梨咲も、このお母さんぐらいの歳になると、こんな感じになるのかな?

 「あら、友梨咲、まだ散歩行ってなかったの?」

と言うと同時に、美和みなに気づいた。

 美和が軽く頭を下げて

「おはようございます」

とあいさつする。

 すばやく友梨咲が言う。

 「あ。お母さん。小学校でいっしょだった、すえ美和ちゃん」

 「わんっ!」

 ……友梨咲とシュー君、お母さんに対しても息が合って、声を揃えるんだ。

 「ああ」

 そのお母さんらしい女の人が言う。

 「陶さんって、そこの下ったところの食堂の?」

 「はい」

 「まあまあ!」

 「まあまあ」はいいけど。

 そこまで有名なのか?

 清華せいか食堂と、清華を経営している陶家。

 「昔はねえ、そこの白高しらこうの悪ガキたちがよくただ食いで迷惑かけてたよねぇ」

 ……なんか、新聞社の偉い記者さんも、そんな話をしてたな。

 そこに、友梨咲が

「美和、この四月からその白高に行くんだって」

と友梨咲が言う。

 「わんっ!」

 シュー君、白高と言われてわかるのかな?

 「ああ、じゃあ」

と友梨咲のお母さんが言う。

 「そこの河辺こうべさんのお嬢ちゃんといっしょ?」

 「あ、はい」

と美和がおとなしく答える。

 「初子はつねといっしょです」

 「わんっ!」

 お。

 シュー君が美和に同調してくれた。

 友梨咲が言う。

 「いま初子も来てくれるから、って、ここで待ってるんだけど」

 「ああ、あそこ、猫屋敷だからね」

 お母さんも困ったように言った。

 「うちの犬連れて行けないのね」

 そこで、美和がきく。

 「初子って、そんなに猫が好きなんですか?」

 「初子ちゃん本人が好き、っていうよりね」

とお母さんが説明する。

 「このあたり、もともと野良猫が多くて。それで、保健所かな? お役所の人が来て、警告されて。で、ここらへん、町内会がないんだけど、そのときは町内で集まって、駆除するか、みんなで世話して管理して地域猫にするか、っていうことになって。そうするとね、なんか、ふだん猫嫌いで、「猫こわい」とか「野良猫なんとかしてくれ」って言ってたおばさんとかも、野良猫一匹もいないのはいやだとか言い出して。殺すのはかわいそうだっていうことになって、地域猫運動やることになってね」

 たしか、地域の人で分担して、計画的に餌をあげたり、避妊手術をしたり、あと予防注射とかもあるのかな?

 そんなので、管理されながら地域にいる猫、ということなのだろう。

 「それで、河辺さんの家は地域猫運動には入ってないんだけど、庭は使ってくれていいですよ、っていうんで、庭で餌をやるとかやったら、なんか居心地がいいらしくて、猫がみんなあそこに集まってしまってね」

 はあ。

 「まあ、こっちは、このシュー君とか、あと何匹か犬がいて、封鎖してるから。でも、あの屋敷は門が閉まってて、犬、入れないから、でも猫は柵のあいだ通り抜けて出入りできるから、あのお屋敷に集まるのよね」

 やっぱり封鎖してるのか。

 なんか平和じゃないなぁ。

 平和じゃないと言えば、初子の両親はいまその平和じゃないところに行ってるんだった。

 そこで、美和が

「ところで、河辺初子のところって、両親ともいないって聞きましたけど」

と聞くと、友梨咲のお母さんは

「そうなのよ」

と答える。

 それで

「中学生の女の子を一人置き去りにして、遠くの戦争やってるところに行くなんて、何考えてるのかしらね」

と続くとすると、美和が弁護しなければ、と思ったのだが。

 「まあ、初子ちゃん、しっかりしてるから、だいじょうぶでしょ」

という答えだったので。

 しっかりしてるのか……。

 「わんっ!」

 そこでシュー君が吠え、友梨咲が顔を上げて

「あ、初子!」

と声をかける。

 たしかに、道の奥のほうから、長い髪を背中に揺らしながら、女の子がやって来た。

 初子に違いない。

 しっかりしてる初子に。

 違いないが。

 服が白いのはいいけど。

 なんか、全体に革っぽいよ?

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