第8話 猫なで声は犬に通用するか?

 果たして。

 「わんっ! わんわんわんわん、わんわんっ! おわわわわわわわんっ! ぐぅーっ……ぐぅーっおわわわわわわんっ! わんっ! わんっ! ぐぅーっ……」

 シュー君はその初子はつねに向かって激しく吠えまくる。

 しかも、その声には、さっきまでよりも強い「底力」がこもっているようだ。

 猫っぽい初子。

 しかも「敵」の方角からやって来た初子。

 「敵」認定されたのでは?

 「おわわわわわわんっ! わわわんっ! わわわんっ! わんっ! ぐぅーっわんっ!」

 友梨咲ゆりさの持っているリードをいっぱいに引っぱって力のかぎり吠える。

 「ぐぅーっ、おわわんっ! わんっ! わんっ!」

 「あーひさしぶりだねシュー君! 元気だったぁ? よしよし。あー元気だねぇ! あいかわらず元気だねぇ!」

 「ぐるるるるぅーっ」

 「ほらほらほらほら! んーっ。ほんと、ひさしぶりだねぇ。よしよしよしよし! ほらほらほらほら! うーん。元気だねぇ。ほんといつも元気だねぇシュー君!」

 ……初子の猫なで声。

 そして、初子にのどの下をこちょこちょがりがりと掻いてもらい、そこから顔の横をぐるぐると撫でてもらい、最後に耳のところまで撫でてもらって。

 「ぐうーっ、わんっ♪ わんわんっ♪」

 すごく気もちよさそうなシュー君……。

 猫っぽい初子の猫なで声と撫で回しで丸めこまれてしまった。

 これで、対猫警備隊として、役に立つのかな?

 「あ、おはよう。あ、おはようございます」

 猫なで声のまま、初子は人間に対してあいさつする。

 「おはよう」

と、平常心で返事を返したのは、友梨咲のお母さんだ。

 「元気?」

 「はい。このとおり」

と初子は立ち上がる。

 が。

 立ち上がる前にシュー君の頭をぶるぶるぶるっと撫でてあげたのは、人間の相手をするけどシュー君のことは忘れてないよ、というあいさつ?

 「お父さんとお母さんは?」

 「母はイスタンブールに戻りました。父は」

と、気弱そうに初子は笑って見せた。

 「スターリクに行くって言ってて、いまは政府側の支配地域を動いてますから、しばらくは安全だと思います」

 スターリクという地名は、そのヴェリャ紛争のニュースでときどき出て来る地名だけど。

 どういう場所なのかというと、美和みなにはよくわからない。

 「あんたも心配が絶えないねぇ」

 友梨咲のお母さんが言って笑う。

 笑うところか? これ。

 「いえ。わたしが、行けば、って言って送り出したんですから」

 「わんっ!」

 いや、「わんっ!」じゃないでしょ、シュー君。

 いや。

 初子の足に跳びついて、レギンスに爪立てちゃダメ!

 やぶれる!

 上半身は白い革ジャケットを着ているし、白いミニスカートもお揃いの革らしいけど、そのレギンスかぶあついタイツか知らないけど、そこだけ、破れそうなんだけど。

 その破れそうなところにシュー君がまとわりついている。

 「それに」

 そのシュー君を見ることもなく。

 でも、的確に、シュー君のまあるい頭の上に手をやって。

 撫でながら、初子は言う。

 「父がうちにいたら、朝、ずっと寝てて、わたしかお母さんの仕事が増えるだけですから」

 ……なんか。

 すごい言われよう……。

 戦場に行くということでいっぱいお金をもらってる写真家なのに。

 「じゃ、行こうか」

と、友梨咲がその話を終わらせた。

 「どこまで行くの?」

と、お母さんがきくと、

「明日からあんまり遠くに行けなくなるから、今日は牧場ぼくじょうのほうまで行こうと思って」

と友梨咲は答える。

 「うん」

 友梨咲のお母さんはうなずいた。

 「じゃ、気をつけて行って来てね」

 その次に言ったひと言が、ちょっと怖い。

 「シュー君、行方不明にしないようにね!」

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