第20話 疾風怒濤、波瀾万丈(2)

 ふむ。

 シュー君、初子はつねの初めてのスマホの話に感動したか。

 というより。

 つまり、初子がしゃべっているあいだは黙っていて、終わると吠えるんだな。

 まあ。

 シュー君が闘争をやらないなら、それはそれで、平和だと思う。

 あんまり過激派にはなりそうもないからな、シュー君。

 シュー君が青いマントをひるがえして爆弾を運んでいるところとか……。

 ……想像すると、笑うかも。

 だから、しいて想像はしない。

 「で」

と、ことばを切っていた初子が続ける。

 「そのおじいちゃんを預かってくれた親戚の叔父さんがもともと結婚してなくて、子どもがいなくて、おじいちゃんがその家と土地を譲られたんだよね。それが、いまの家に引っ越す前のわたしの家、よどのほうにあった前の家ね。だから、けっこう古い家だった。それと、親戚はみんな関東の東のほうだし、しかも追い出されてこっちに来たわけだから、うち、一族から孤立しててね」

 「わんっ」

 「ああ」

 納得した。

 初子は、両親がそのヴェリャというところに行き、一人、残った。

 家が豪邸か何か知らないけど、中学生の女の子が一人で残されたら、普通は、親戚の家の世話になるとか、または親戚のだれかが生活のめんどうを見に来てくれるとかいうことになるだろう。

 美和みなの家は、おばあちゃんもお父さんもお母さんも叔父さんも叔母さんもいっしょに清華せいか食堂で働いていて、叔父さんの一家も美和の一家とおんなじ敷地に住んでいる。お母さんのお兄さんは家は別で、仕事も違うけど、ずっとつき合いがある。さらに、瑠琳るりん飯店の芳村よしむら美羽みうさんとか店員のそんさんとかもいっしょに仕事をしているけど、この瑠琳飯店の人たちも叔父さんが連れて来た人たちだ。

 家族、親戚、そして、その親戚と縁がある人たち。

 美和のところでは、それが、清華という店をめぐって、つながっている。

 もしお父さんとお母さんがどこかに仕事に行って家をけることになっても、そのだれかが、店の仕事も美和の世話も引き受けるだろう。

 でも、初子は「うちは近所と仲がいいから」とその豪邸に一人で住んでいる。

 近所と仲がいいのは事実なのだろうけど、同時に、親戚がいないからだ。

 でも、母方の親戚は?

 その問いにこたえるように、初子は言う。

 「それに、お母さんの家族ってフランス行っちゃったんだよね。だから、イスタンブールにいるお母さんとはときどき会ってるらしいけど、わたしは会ったことがない」

 笑う。

 「その母方の伯母さんからは、クリスマスカードに「明けましておめでとう」って書いて来るんだけど、もうずっと「はつね」の字を間違ってるし」

 親戚にすら「初子」を正しく認識してもらえないから、スマホに大きく「河辺こうべ初子」と書いた画面を用意してるんだな、初子は。

 でも、いま初子が言ったのは、おじいさんが若いころは過激派で、そのあと弁護士になって、という話だった。

 これだけで、じゅうぶんに波瀾はらん万丈ばんじょうの物語だけど。

 その、書道家だった、っていう話は?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る