第50話 馬と人間(9)
「それじゃ、この街では、一人暮らしで?」
と
「その、親の自転車屋の片づけを手伝ってくれた住宅会社から、よかったらうちで仕事しないかと誘ってもらって。まあ、その東京の動物タレントの仲介? そんなので事務の経験はあったから、いちおう、即戦力採用、だってさ」
右馬之祐さんは笑う。
ほんとうに即戦力として採用してもらえたのか、それとも、冷やかしやあわれみやなぐさめででそう言われたのか。
また右馬之祐さんはどう思っているのか。
そういうことは、何もわからない。
まあ。
親戚でも何でもない女の子が気にすることでもないかな。
「それで、いちおう生活も安定して、で、三月、暖かくなり始めたころ、朝早く起きたら、そういえば、ラブちゃんがここに来たのはこんな季節だったな、と思って。それで、来てみたら、
「ラブちゃんですか?」
と膝の上でシュー君を眠らせた
「ラブちゃんだけじゃなく」
と右馬之祐さんが答える。
「グリーンちゃんやクロちゃん、ホープちゃん。その前にいた、その厩舎いっぱいにいたころの馬たちが、な。息の音まで聞こえるような気がして。気がして、というより、聞こえたんだ。ほんとに。暗闇の中で、この耳に。それで、もしかして、まだ、あいつら、この世にいるのか、と思って、今日は、酒と花束を持って来たんだが」
「じゃあ」
と西香純巡査長が、上目づかいで右馬之祐さんを見ながら、言う。
「あとで、そのお酒と花束、回収しておきますね。恐喝犯の犯人どもがそれを見つけたらややこしいことになりますから。花束はその柵の手前ところに置いておきます。だったら、恐喝犯どもが夜に来ても気がつかないでしょうし、お酒は」
とことばを切って短く笑う。
「
「いいやあ」
と右馬之祐さんは大げさに首を振った。
「警察署のみんなで飲んでしまってくださいよ」
「警察官が、街で見つけた落とし物を勝手に飲んでしまったら、たいへんなことになりますから」
と西香純巡査長が答えると、右馬之祐さんは
「大げさだなぁ」
とうなった。
西香純巡査長が続けてきく。
「それで、その、グリーン号とクロ号がどうなったかは、知ってます?」
「あの会社のことだ」
と、右馬之祐さんは顔をゆがめた。
「やっぱり、その
西香純巡査長は、軽く頭を横に振る。
「グリーン号は関東、クロ号は九州の、それぞれ牧場に売られました。グリーン号はそのあとよくわかりませんが、どうも個人の所有になったようです。クロ号はまだ若くて……」
「クロちゃんは、おれの担当じゃなかったからよく知らないけど、その前にウェストちゃんって馬がいて、そのウェストちゃんと交換でどこかの馬主からもらって来たんだったな」
「はい」
と西香純巡査長はうなずく。
「けっきょく、そのウェスト号をもらった、もとの飼い主に引き取られたんですね。で、地方競馬の馬ですが、カルデラクイーンとハニービー・スイートの、二匹の馬の母親になりました」
「ハニービー・スイートって聞いたことあるな」
右馬之祐さんが言う。
「その、動物タレントのマネジメントをやってるときに。それにしても」
と右馬之祐さんは顔をまえにまっすぐ上げた。
「あんた、なんでそんなに詳しいんだ?」
西香純巡査長をじっと見る。
西香純巡査長は、肩をきゅっとすくめた。
「わたし、その、馬車鉄道友の会の会員でしたし」
「わたしぃ……でしたしぃ……」とかは言わず、歯切れよくことばを切る。
「は?」
右馬之祐さんがあっけにとられた。
西香純巡査長が続ける。
「まあ、親が会員で、いっしょに入れられた、っていうか、入ったんですけど。まあ、親がなんで会員になったか、っていうと、わたしが馬車鉄道が好きで、何度も何度も「馬車乗りに連れてって!」ってせがんだからですけど」
ちょっと照れたように、言う。
「その、馬とのふれあいの会で、わたしとラブ号でいっしょに写った写真もありますよ」
で、笑う。
「そのころはまだスマホで写真を撮る時代じゃなかったから、ここでお見せはできないけど。だから、そのときにいちど、右馬之祐さんには会っているはずです」
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