第49話 馬と人間(8)
「ラブちゃんは、牧場で死んだほかの動物と同じように焼かれて処分されて、それでおれは会社を辞めた」
暗い部屋で、
「辞めるときになって、おまえに辞められては困る、馬車鉄道が動かせなくなる、って言われて、それでも辞める、って言ったら、給料を増やしてやるとか言って来たけど、グリーンちゃんとクロちゃんだけで鉄道が動くわけがない。そこまで有給休暇というのを取らずに仕事してたから、その休暇をまとめて取って、そのまま辞めた」
「辞めて、どうしたんです?」
「しばらく、そのころ親が開いてた自転車の店で働いたあと、大学の先輩の紹介で、テレビとかに出る動物の事務所とか飼い主とかと、動物を使いたいっていうところとの橋渡しをする会社っていうのが東京にあって、そこに就職した」
と右馬之祐さんは小さく笑って巡査長を見る。
「警察さんにも、何度も動物を紹介したぜ」
「それはどうも」
西香純巡査長は軽く頭を下げた。
「それで、ずっと東京の
「それで、いまはもうその
「ああ」
と右馬之祐さんは言う。
「帰って来たら、なんとか親の店を継げる、って、甘い期待があったからな。それで、東京の会社も辞めて、で、帰って来てみるとこんなザマで」
とても常識的なことを
「お父さんが亡くなったってことですけど、お母さんは?」
「おれが東京に行ってすぐに離婚。二年ほどはおれと連絡がついてたけど、いまじゃどこにいて何をやってるかも、だいたい、生きてるかどうかもわからなくて。母方の親戚にも聞いてみたけど、離婚してからどことも連絡を取ってないらしくて、わからなかった」
美和は、軽く、こくっとうなずいた。
まだ高校生になったばかりの歳で、そういうひとの気もちがわかるということもない。
「実名制のSNSで検索をかければ出て来るかも知れんが、まず望み薄だし、もし探り当てたとしても、自分の子がSNSなんかで接触してきたら確実に怒るだろう。そういうひとだ」
「じゃ、ご自身のご家族は?」
と西香純巡査長がきく。
「つまり、奥さんとか」
「そんなありがたいもの、いるわけないじゃないか」
と右馬之祐さんは言う。
ちょっと
「まだそこで働いてたころに」
つまり、ゆめ牧場の馬車鉄道の会社でだろう。
「親に言われてお見合いをして、しばらくつき合ったんだが、ここの
右馬之祐さんは、「ふん」と軽く鼻を鳴らす。
「こんな動物くさいところで仕事してるんですか、って言われて、なんの気なしに「うん」って答えたら、それ以来、
何それ、と思うけど。
美和は、小さいときから、豚が、豚だったときの形がすぐわかる形で肉になって大きい冷蔵庫の中でぶら下がっているのを見て育った。だから、たぶん「仕事場が動物くさいからいやだ」とは思わない。
猫屋敷の
シュー君の飼い主の
でも、やっぱり、美和が何か言う立場じゃないと思った。
* 経堂 … 世田谷区。小田急線の経堂駅がある。
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