第22話 後悔と正義(2)

 初子はつねが続ける。

 「ところが、その、警察が犯行時刻だって言ってた時間より後までその被害者の実業家が生きてた、って可能性があることがわかって、生きてたかどうかを証言できるのが、その実業家の弟だけだったんだよね。で、その時間だと、その容疑者の若い人って、仲間と飲んで、カラオケして、っていうアリバイがあって、それは、仲間以外の店員さんとかも見てるから、まず確実。そんなことで、うちのおじいちゃんが、その被害者の弟っていう人に、証言してくれませんか、って言いに行ったんだけど、そんなのは知らん、って追い返されちゃって」

 「うん」

 美和みなはうなずく。

 まだ、話がどちらに行くのか、わからない。

 「で、その被害者の弟っていうのが、書家? 書道家? で、書道教室とかも開いてて、で、おじいちゃんは、わかりました、証言はしてくれなくていいですから、書道教えてください、って押しかけて行って。で、ほんとに習ったらしいんだ。で、そのあいだ、証言の話とかいっさいしなかったから、おじいちゃん、信頼されて」

 「いや。ちょっと待って」

 「わんっ!」

 いや、シュー君に言ったのではなく。

 いや。シュー君も待ってほしいけど。

 けっこう早足で行きたがっているから。

 美和がきく。

 「そのおじいさん、犯人に、その、書道を習った、ってことは、その、被害者の弟が犯人だった、ってことか?」

 「うん」

と初子は低い声で答えた。

 「まあ、その殺された実業家って、いろんなところに寄附したりとかしてて、マスコミにもよく出てて、いい人っていう評判だったんだけど、裏でけっこうひどいことやってて。その弟の土地と家を勝手に抵当ていとうっていうのに入れて、勝手に借金して、で、その借金を返さないで。そうすると、その弟は家と土地を取り上げられてしまうことになるわけだけど、自分の知らないうちにそんなことされたからって抗議に行って、すると、その実業家が、芸術か何か知らないけど遊んで暮らしやがって、いい気味だ、とかせせら笑ったんだよね。それで、つい、暴力をふるって殺してしまった、って」

 「はあ」

 それは、人を殺すのはもちろん悪いことだけど。

 理由もなく自分の家と土地と取り上げられて、それでせせら笑われたら、殺したくもなる、というところまでは、わかる。

 わかると思う。

 「それで?」

友梨咲ゆりさが先を促す。

 友梨咲の声もちょっとれ気味だ。

 「まあ、そんなことだから、その書家の人はそれほど重い刑にはならなかったけど、でも、お金貸した人からすると、貸した相手の事情がどうあれ、その貸したぶんは取り返さないといけないから、その書家さんの家と土地は取り上げるでしょ? しかも、その殺された実業家の子っていうのがいて、まあ書家さんからすると甥にあたるんだけど、それが親を殺された損害賠償とかで、書家の人の財産を全部持って行ってしまって。だから、その書家の人は、刑務所から出たときは一文なし。もちろん、書道とか、そんなのを続けることもできないし、その気もなくして、最後は、スーパーマーケットの裏方の店員さんかな、そういう仕事をやったんだけど、慣れない仕事ですぐに体を壊して、死んで。でも、それだけじゃなくて」

 「それだけ」でもけっこうひどい話だと思う。

 昔、しろひめの悲運を聞いて、なんとかできないか、と思った熱い気もちが、美和の胸のなかに湧き上がって来る。

 初子は続ける。

 「その、実業家の息子って人も、その親の地位とか、土地とかの財産とか、持ってた会社とか受け継いだんだけど、事業の手を広げすぎた、っていうより、世界一周して豪遊とか、ムダなことをやり過ぎてさ。もともと、親の実業家さんは、悪いこともやったけど、経営の才能もあったんだけど、その息子さんって人は才能なくてさ。で、経済全体が悪くなったところで破産。この人も、二‐三年して、けっこう悲惨な死にかたをしたらしくて。しかも、まだそれだけじゃないんだ」

 「まだそれだけじゃない」って、いったい何があるのだろう?

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