第23話 後悔と正義(3)

 「その、真犯人がわかる前に、わたしのおじいちゃんは、最初に犯行時刻って言われてた時間に、ほんとうにその容疑者の若い人にアリバイがないか徹底的に調べたんだよね。もしその時間にほかの場所にいたことがはっきりしたら、その犯行時刻が、最初に警察が言ってた時間であっても、その後であっても、ずっとアリバイあるわけじゃない? すると、その時間に、じつは女の人とデートしてたことがわかって。ところが、その女の人っていうのが、街の裏社会のボスみたいな人のめかけさん? 少なくともそのボスのお気に入りの女の人? なんかそんな人だったらしくて。で、当然、その若い男の人は無罪になったんだけど。でも、そのデートしてた件がバレちゃったおかげで、たぶん、「おれたちの親分の女を横取りしたのか!」とかいう話になって、その裏社会の人たちに殺されて。海沿いの崖から転落して、証拠がなくて、事故死ってことになってるんだけどさ。まあ、殺されたんだろうね。それと、その、ボスを裏切った女の人も行方不明? ま、この人も、たぶん殺されたんだよね。さらに、そのボス本人も、その自分のお気に入りの女の子に裏切られたっていうのがショックで、毎日お酒飲んで、飲み過ぎて、それがもとで死んで」

 何それ?

 何か話が広がって。

 それで、「死ぬ」・「殺される」ってことばが、何度も繰り返された。

 ……何それ?

 「で、おじいちゃんは、そのとき、考えたわけ。その若者が冤罪えんざいだ、って言って来たとき、うまく言いくるめて、やってない罪でも罪を認めさせて、そのかわり、若かったんで何もわかりませんでした、なんか暴走しちゃいました、これからは心を入れ替えてがんばります、って言わせれば、たぶん死刑にはならなかったし、何年かで刑務所からは出られた。もともと街で悪いことをいっぱいやってた仲間のひとりだから、それぐらいは刑務所に入ってもいいだろう、って。で、そうしておけば、被害者が死んだのは取り戻せないとしても、その書家さんはもちろん、その若い人本人も、被害者の息子も、ボスのめかけさんも、ボスも、死なずにすんだ。自分が躍起になって真相解明とかしようとしたおかげで、それだけみんな死んでしまった、って、なんかすごい後悔した、って。でも真実を明らかにするのは必要だ、正しいことをしたんだ、っていう気もちとで、自分一人でいたばさみになって。すごい悩んだらしいんだ。まあ、そのへんは、後から、お父さんから聞いたんだけどね」

 「うん」

 それぐらいしか、言いようがない。

 たぶん初子はつねのおじいさんがやったことは正しかったのだろう。

 その書道の人は気の毒だけど、殺人をやったには違いない。被害者の息子とか、ましてその悪い仲間の若い男とか、それとデートしていた女の人とか、その人をめかけにしていた裏社会のボスとか、そういう人たちはそれぞれの原因があって死んだのだ。

 初子のおじいさんが責任を感じる必要はない。

 でも。

 じゃあ、その立場になったときに、この人たちはそれぞれ原因があって不幸になって死んだんです、自分は関係ありません、と言い張れるかどうか。

 美和みなには、わからない。

 そんな立場になったことはないのはもちろんだし、「そんな立場になれば」なんて想像してみようにも、想像もつかない。

 どうしてなのかわからないけど、伝説の中のお姫様を助けられるかどうか、というのとはぜんぜん違うと思った。

 だから、わからない、以外の答えは出せない。

 初子が言う。

 「で、おじいちゃんは、その書家の罪の部分だけでも引き受けようとしたのかな。その書家の人が書道教室で教えてた子どもたちを自分が引き受けて書道教室を開いたりして、自分もそのしょっていうのをやるようになって。子どもたちの教育に関心を持って、俊徳しゅんとくの経営に入るようになったのもそれからだよね。だから、ずっと、弁護士の仕事と同時に、あと、そのコンピューターの何かをやるのとか俊徳の経営とかと同時に、書道のほうもいろいろとやってたんだよね。で、弁護士引退してからは、ずっと、書家だった」

 「そういうことだったんだね」

友梨咲ゆりさがしんみりと言う。

 友梨咲も、美和と同じ気もちなのだろう。

 初子が話を続ける。

 「だから、そのスマホをプレゼントされた話とかもあるけど、わたしのおじいちゃんの思い出っていえば、自分の部屋で、縁側えんがわってほうに向かって、正座して、ずっと墨をってる、っていう、その印象が大きいんだ。自分のやって来たことをずっと考えながら、墨を磨ってたんだろうな、と思うよ」

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