第24話 後悔と正義(4)…とシュー君!

 ちょっとことばを切ってから、初子はつねはまた続ける。

 「それでさ、そのころから、そのおじいちゃんの家ってけっこう限界だったのね。もともと川沿いの湿ったところに造ったから、土台が腐ってたらしくて、私の子どものころ、「通っちゃいけない廊下」とかあったんだよ。そこ、足で踏むと確実に崩れる、もしかすると隣の柱まで巻きこんで倒れて、屋根が落ちるかも知れない、って。けっこう脅された。もう、部屋のなかも、普通に雨漏りしてたしさ」

 「はあ」

 それは何か……。

 ……すごい。

 いままでの話とは違う方向で、すごい。

 「でも、おばあちゃんも、お父さんもお母さんも、そのおじいちゃんの居場所は取り上げてはいけない、って、家を建て替える、とかいう話はしなかったんだよね」

 なるほど。

 おじいさんが、その、御積みつみ事件とかいう事件のことを考えて、墨をって、何か書く。

 その場所は、取り上げられなかった。

 「で、おじいちゃんが死んで、おばあちゃんも後を追うように死んで、それでその図書館と美術館の移転の話が出て、土地を県に売ってそこに移って来たってわけ」

 つまり、友梨咲の家の近くに。

 でも。

 何か、わかった感じはした。

 戦場というところに行って、そこで写真を撮り続けている初子のお父さんのことも。

 その戦場に行くようにと、中学生なのに自分から勧めた初子も。

 それが何なのかはわからないけど、そのおじいさんと同じものを追いかけている。

 そうなのかも知れない。

 「さ」

と、そこで、初子が、声の調子を変えた。

 一オクターブぐらい高い声になる。

 あ。

 美和みなは、何かを予感する。

 その予感とは……。

 山守やまもりの街のはずれに出て、道の両側は草っぱらとまばらな林、それと何か高いフェンスで囲んだ工事区画になっている。その工事の区画で実際に工事をやっている様子はない。

 つまり、まわりにだれもいない。

 そして、そこで猫っぽい初子が追いかけるものとは……。

 初子が、ぽん、ぽん、ぽんと、弾むように、というか、弾んで、前へと出る。

 シュー君の斜め前に出る。

 やっぱり……。

 「きゅわきゅきゅきゅきゅん……」

 警戒して斜め後ろに小刻みな歩幅で後ずさりするシュー君!

 これは。

 安保も闘争も、無理だな。

 「人間だけでずっと話をしててごめんねシュー君! ほーらほらほらほら、よしよしよしっ。ほーらいい子だねシュー君! お利口でいい子だねぇシュー君! よしよしよしよし。ずっとシュー君の相手してなくてごめんね! ごめんねシュー君! あー、よしよしよしよし、よーしよしよしよしよし」

 後退したにもかかわらず初子につかまって撫で回されてしまうシュー君!

 「くうっ♪ くうっ♪ ふんふんふんふん♪」

 やっぱり、これでは闘争は無理だろう。

 「初子」

友梨咲ゆりさが声をかける。

 さすがに「あんまりシュー君を甘やかさないで」と声をかけるのか。

 そうではなかった。

 「じゃ、ちょっと早いけど、これ、シュー君にあげてくれる?」

と犬用ジャーキーを初子に差し出す。

 「うわぁ。おやつもらえたよ、おやつもらえたよ。よかったね、シュー君! いい子にしてるからだね! おやつもらえたね! よかったねーシュー君! あー、よしよしよしよし。よしよしよしよし!」

 「くうーっ!」

 勢いよくぱくぱくとジャーキーを食べるシュー君。

 で。

 リードを握っている美和のほうはいちども振り向かない。

 なんか……。

 なんか、取り残された感じなのだけど。

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