第25話 ゆめの跡(1)

 高いフェンスで囲んだところを通り過ぎる。

 「ここ、ずっと工事現場みたいにになってるんだけど、工事やってるのって見たことないよね」

美和みなが言う。

 前にここまで来たのを覚えているのは小学生四年生のころだ。その後も来ているかも知れないけど、よく覚えていない。

 小学校四年生のときには、一時期、毎日来ていたので覚えている。

 自転車に乗れるようになって、自転車を下りずに坂道を登り切る練習をしに来ていた。

 だから、そのとき、学藝がくげい中学校の前は毎日通っていたはずなのだけど、そこが中学校だということにはぜんぜん気づかなかった。

 四年生だと、まだ小学校より上の学校のことは考えないよね。

 そういうことにしておこう。

 でも、そのころから、ここが工事現場のようになっていたことは覚えている。

 「ま、ここさ」

と、この場所にいちばん近いところに住み、この場所に近い学校に通っていた友梨咲ゆりさが言う。

 「中学校に通ってた三年間、中学校の教室の窓からずっと見えてたんだけど、ほとんど何かが動いてた形跡、ないからね」

 「何があるの?」

初子はつねがきく。

 「そっちにため池みたいな池があって」

と友梨咲がそのフェンスの向こうを指して答える。

 「最初は、たしか、そのため池の改修工事だったはずなんだけど、なんでこんなところにため池があるのか、どこの田んぼや畑に水を送ってるのか、とか、だいたい、こんな山の高いところで、どこから水を集めてるのか、とか、謎なんだよね」

 こんなところにそんな謎があるとか。

 その工事現場的なところの先で道は右へ曲がり、坂道になる。ここが白姫しらひめやまに登る二つめの坂で、ここを登れば「ほぼ山頂」になるはずだ。

 シュー君はおやつをもらって元気が回復し、または元気が倍増し、その坂道を早く登りたいようだ。

 おやつの効果か、初子に撫で回されたことの効果かはわからないけど。

 で。

 あいかわらず、気がはやるシュー君を引き戻すのが美和の役目だ。

 「で、反対側は?」

と初子が清純な声を上げる。

 「反対側?」

 池の工事現場は右側で、左側のことだろうけど。

 そこはやっぱり網目のフェンスが張ってある。

 高いフェンスだ。

 フェンスの向こうは、雑木林というのか、ぜんぜん手を入れないままに草が生えて枯れて無秩序に木が大きくなって、という場所だ。

 その上に、橋がかかっている。

 きれいなアーチの橋で、ちょっと見ると石を積んで造ったように見える。

 でも、その石が「びろん」とがれて、その下から黒ずんだコンクリートが見えている。

 石がこんな剥がれかたをするはずがない。コンクリートの橋に、石のようなものを印刷した紙か、石のような形にした発泡スチロールか、そういうものが貼ってあったのだろう。

 「ああ、そうか」

 美和が答える。

 「ここにゆめ牧場ぼくじょうがあったのって、初子は知らないか」

 「うーん」

と初子は清純な声でうなる。

 「川路かわじゆめ牧場っていうのがあったのは聞いたことあるんだけど」

 「白姫山の頂上がぜんぶそのゆめ牧場だったんだ」

と友梨咲が言う。

 「といっても、わたしも美和も、そこが牧場だった時期は知らないけどね」

 「生まれる前にもう廃止になってたから」

と美和も言う。

 でも、美和が小学生のころにはまだその地名は残っていた。

 残っていた、と言うか、このあたりを「ゆめ牧場」と言って、わかった。

 自転車の練習に来るときも、お母さんとかには

「ゆめ牧場の坂まで行って来る」

と言っていたと思う。

 それに、ここの坂は、そのころはまだアスファルトがきれいで、もっと人通りが多かったと思うんだが。


 ※ しばらく『牧場の朝』の更新時刻を午前6時から午後6時に変更します。よろしくお願いします。

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