第26話 ゆめの跡(2)

 「ゆめ牧場って」

と、その坂道を上りながら、初子はつねがきく。

 「遊園地みたいなところだっけ?」

 「まあ、観光牧場、かな」

友梨咲ゆりさが答えた。

 「牛とか羊とか、馬とか、あと、山羊とかがいて、牛乳を取ったり、羊の毛を取ったりもしてたけど、それより、家族連れで来てお弁当食べて、てきとうに動物と触れ合って、みたいな場所だったと思う」

 家が近いからか、友梨咲、詳しい。

 そこで、

「豚っていた?」

と、美和みながきく。

 中華メニューが多い食堂の娘としては、やっぱり豚が気になる。

 「豚はよくわからないけど、昔の写真とか見ても出てなかったと思うけど」

 やっぱり。

 豚って、「養豚場」ってイメージはあっても、豚牧場ってあんまりきかないからな。

 「あ、でも」

と友梨咲が言う。

 「にわとりとか、あ、そうそう」

と笑う。

 「川路かわじゆめ牧場のペキンダック、って書いた段ボール箱が、うちに昔からあるよ」

 川路市のダックがペキンのダックなんだろうか?

 よくわからないけど。

 「あと、ダチョウがいて、ダチョウレースをやってた、って話もあったかな?」

 ダチョウレース……。

 ダチョウがレースをする、というのはわかるけど。

 それって、見てて何かおもしろいのかな?

 観光牧場だったら、競馬みたいな賭けごとにはできないだろうし。

 「それで」

と、初子が斜め後ろをちょっとふり返ってから、その長い髪を、ぱさっ、と整える。

 髪がすなおで、髪が長いと、こういうのができていいな、と思って、美和はぼんやり初子のほうを見る。

 その初子がきく。

 「そこの鉄橋みたいな橋は?」

 「あ」

と友梨咲が答えた。

 「ゆめ牧場の名物で、牧場を一周する馬車鉄道っていうのがあったんだよ」

 たしか、そんな話も聞いたと思う。

 「その馬車鉄道の鉄橋なんだけど、新人の馬? 慣れてない馬は、その鉄橋の手前で足がすくんで止まって動かなくなる、って難所だったって聞いた」

 それは、そうだろうな、と思う。

 鉄橋の高さは、たぶん、さっきの学藝がくげい中学校のコンクリートの崖よりも高い。

 「たしか、そこで馬が暴れて馬車ごと転落しそうになった事故があって、まあけっきょく無事だったんだけど、それで橋をかけ直すとかいう話になって、その費用が払えないから、って、ゆめ牧場そのものが廃止になったのかな?」

 道の左側は、そのゆめ牧場のフェンスがずっと続いている。

 そのフェンスには、蔓草が絡みついて枯れていて、その上にまた蔓草が絡みついている。

 フェンスの向こうは、やっぱり、伸びた草がそのまま枯れて、木が乱雑に育っているような場所になっている。

 フェンスは赤茶色に錆びているけれど、それでも破れていない。

 頑丈なのだろうけど。

 いいかげんでフェンスの役割を終わらせてあげれば、と美和は思う。

 坂を登り切る。

 左側にはずっとフェンスが続いている。

 フェンスの内側は、その牧場だった場所だ。

 ここで美和が自転車の坂道上りのトライアルをしていたころには、そこはまだ緑の草に覆われていたと思う。

 もう牧場でなくなったことは知っていたけれど、いまにも、大きい木の陰から羊が顔を出し、何匹も顔を出し、そのまま向こうのほうに群れで歩いて行ってもおかしくない、という感覚がしたものだった。

 そのころは、その草地のあちこちに、形のいい木が散らばって生えていた。

 日の当たる心地のよい緑の草地と、風の吹き抜ける濃い緑の木陰。

 「牧場と言えば、こんなの」というのを絵に描いたような景色だった。

 それが、いまは違う。

 やっぱり背の高い草が雑に生えて、そのまま枯れていたり、枯れていなかったりする。フェンスの外にも短い草が育ち始めていた。

 しかも、そのころはたしかに生えていなかった木がまばらに生えていたし、一方で立ち枯れしている木もあった。

 雑木林とも草地とも言えない、ただの荒れ地。

 小学校四年生の夏から、高校一年生の春へ。

 それだけの時間で、まだすぐに牧場に戻れそうな牧草地だった場所がそんな場所になってしまった。

 初子は、何か考えているらしく、歩くのに問題ないぎりぎりまで目を伏せて歩いている。

 シュー君は……。

 ……あいかわらず元気で、どんどんと美和を前へと引っぱって行く。

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