第16話 友梨咲の撮影会は終わったけど

 「はい、撮るよー」

 いきなり声をかけられ、友梨咲ゆりさが顔を上げる。

 その瞬間、初子はつねがシャッターを切った。

 「あ」

 友梨咲がびっくりして口を開いたのは、たぶん、写真に撮られた後だ。

 友梨咲は、初子が三脚の脚を短くして近づいてきたことに気づかなかった、または、気づいていてもシュー君を撫でるほうを優先していた。

 シュー君は、「撮ってあげる」という約束どおり、初子の写真に収めてもらった。

 後ろ姿、というのか、背中からだけど、前の写真にも写っているから、大満足。

 大満足してほしい。

 犬だから、どう思っているかわからないけど。

 「じゃ、せっかくだから、シュー君まんなかにして、友梨咲と美和みなで並んで」

と、初子が、またいろいろな部品を回してカメラの調整をしている。

 このカメラはけっこう手間がかかるらしい。

 「だったら、初子も入って、三人で撮ろう」

と美和は言う。でも、初子は、顔を上げて、そのレリーズというのを握った右手を軽く上げ

「それやるにはレリーズの長さ足りないんだよね」

と笑って見せる。

 友梨咲はシュー君の左側にいたので、美和はシュー君の右に座る。

 シュー君、美和を無視。

 ああそうですか。

 まあ、ご主人様がいっしょにいるんだしね。

 ご主人様優先だよね。

 「はい。じゃあ、撮るよー」

と初子に声をかけられ、美和が顔を上げたところでシャッターを切られた。

 どんな顔で写ったかは、美和にはわからない。

 初子が聞く。

 「じゃあ、ここでの撮影はこれで終わりだけど、友梨咲、いい?」

 「うん、いいけど」

友梨咲はふしぎそうに顔を上げる。

 それに初子が答えて

「もともと友梨咲一人を撮るはずだったのに、シュー君との写真が多くなっちゃったけど」

 「ああ」

 友梨咲は笑った。

 跳んだからか、シュー君の相手をしたからか、頬がさっきより紅色になっている。

 「シュー君と二人で写ってれば大満足」

 シュー君が大満足してるかどうかは知らないけど、友梨咲は大満足らしい。

 美和がきく。

 「それより、初子は自分は写らなくていいのか?」

 「写りたいけど」

と初子はその小さい箱のようなカメラを三脚から取り外して、言う。

 「これ、使いかたがわかるの、わたし一人でしょ?」

 説得力がある。

 まあ、そうか。

 シャッターボタンを押せば写る、というものではない。

 写す前に美和にはよくわからない準備をいろいろしなければならないし、その「レリーズ」というものの届く範囲でないと、初子は「自撮り」ができないのだ。

 「わんっ!」

 シュー君がふいに立ち上がる。

 犬なので、立ち上がっても青いマントがふわっと舞わないのが惜しい。

 むしろ、座っているあいだのほうが、マントがマントらしく見える。

 「わんっ! わんわんっ! わんっ!」

 ああ。

 初子がバッグを開けたからだな。

 やっぱり、バッグのなかから何かが出て来ると思っている?

 シュー君はバッグのほうにたったったっと近寄った。

 でも、やっぱり宿敵の猫が出て来ると思っているのか、バッグのなかをのぞきこめるところの三歩ぐらい前で停まって、

「ぐぅーっ、わんっ!」

と吠えている。

 「でも、しっぽ振ってるから警戒はしてないね」

と友梨咲が言う。

 じゃあ、何なんだ、と思う間もなく、初子がバッグのファスナーを閉じた。

 そして。

 もはや恒例になったのが始まる。

 「あー待たせたねシュー君! ちゃんと待ってくれたんだね! お利口だねシュー君! あー、よしよしよしよし。ほらほらほらほら。シュー君のおかげでいい写真がいっぱい撮れたよ! シュー君のおかげだよ! お利口だねーシュー君! あーよしよしよしよし」

 「わんっ♪」

 たちまち気もちよさそうになってしまうシュー君!

 友梨咲が小さい声で美和に

「スマホで、これ撮っといて」

と言う。

 「これ」とは、初子とシュー君。

 そうか。スマホでならいくらでも撮れるんだ。

 いちおう、友梨咲に確認する。

 「動画?」

 「静止画で何枚も撮ろう」

 というわけで、美和は、初子がシュー君を撫でているところを撮った。

 立った位置から見下ろして一枚、しゃがんで、初子の目の高さで一枚、それで横に移動して一枚。ズームして、気もちよさそうなシュー君のアップを一枚。

 初子はすぐに自分が撮られていることに気づいたけど、いやな顔をするどころか、ときどき「カメラ目線」をくれている。

 「ほんといい子だねぇー。それに賢いねぇーシュー君! ほうらよしよしよしよし」

 そんな調子で二十枚ぐらいは撮ったので、友梨咲が写った写真よりも、初子とシュー君が写った写真が圧倒的多数になってしまった。

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