第15話 跳ぶ友梨咲、走るシュー君
「そうだなあ」
ちょっと掠れた声で言ってから、口をとがらせて友梨咲は黙った。
友梨咲が言う。
「いまのは、「わあ、嬉しい!」って感じのつもりでやったんだけど、体操に見えた?」
「うーん」
「嬉しい」のつもりだとは思わなかったので、体操の途中、とか言ってしまったのだが。
美和は、左手の腕にシュー君のリードを通して、胸の上のほうの前で両手を組んで見せた。
友梨咲のほうに顔を上げて、言う。
「嬉しい、だったら、こうじゃない?」
「うぅん」
友梨咲はあまり納得していない。
「それだったら、なんかわざとらしくない?」
「なるほど」
それは「「嬉しい」のポーズならこんなの」で最初に思いついたポーズだから。
わざとらしいと言えば、そうなのだろう。
「というかさあ」
と、カメラの何かをいじっていた初子が顔を上げて言う。
「いま友梨咲がやってみたいことをやれば? ああ、いや」
この「ああ、いや」は「慌ててつけ加えたことば」なのだろうけど。
それまでよりいっそう高い声で、つやっぽい。
地声が高くて澄んだ声というのは得だな、と、あらためて思う。
で?
「どっちかというと、わたしの写真撮るのの練習で、さ」
で、唇を突き出してみせて
「わたし、このカメラで、人間、撮ったことってほとんどないんだ」
初子は人間を撮ったことがないから練習をしてみたくて、そのためには友梨咲がやってみたいことをやってくれるのがいちばんいい、と続くらしい。
なんか英語の文法みたいだと思う。
初子がその順番で思いついたのだろうから、しかたないけど。
「うーん」
友梨咲が、ほんとうに胸の上のほうの前で手を組んで、困った顔になる。
「あ、それ、撮っていい?」
あ、いきなり言うな、初子!
こっちは同時にスマホで撮るっていう役割が……。
……と、美和が友梨咲のスマホを構えようとすると。
「あ、それより、
と、友梨咲はいきなり吠えるみたいに言った。
吠えるというとシュー君。
あいかわらず寝そべりポーズだが、いまの友梨咲の「跳んでみたい」という声で、わっ、と顔を起こした。
お。
こうやって見ると、頭がまるくてかわいい、というだけでなく、横顔が凜々しいね!
「じゃあ、いっぺん、跳んでみよう!」
初子が高い声で言う。
「どんなポーズでもいいから、ジャンプ!」
髪の長い美少女に美声でこんなことを言われたら、それは、いやだとは言えないよね。
友梨咲は、それでも、その手を組んだまま、うーん、とうつむいてしまった。
それから、いきなり組んでいた手を放して、両手とも腰の後ろに持って行くと、中腰になる。
初子が
「わっ」
と声を立てて慌てて三脚の向きを変えている。
友梨咲が姿勢を変えたので、カメラの写る範囲から出てしまったのだろう。
その初子の動きは気にしない。または気がつかない。
友梨咲はいきなり大きい声で言う。
「高校生になったから、やるたいことをなんでもやるぞ! おーっ!」
中腰の姿勢から、両手を思い切り上に振り上げて大きくジャンプ。
美和がとっさにズームして、シャッターを押す。
どんな写真になったかを確認しようとしたとき、ふと左手に違和感がある。
腕が引っぱられる!
「わんわんわんわんわんわんっ!」
目覚めたシュー君が、跳び上がった友梨咲に向かって突進する!
「あっ!」
友梨咲はシュー君に驚いて着地に失敗する。美和は左腕からリードを放してしまった。
友梨咲はなんとか両脚で着地したものの、中腰で前のめりになる。
このままだと前に倒れる。
その友梨咲にシュー君が跳びついた。
倒れかけた姿勢のまま両手を伸ばし、とっさに左足を伸ばして自分の姿勢を支えると、友梨咲はシュー君を抱きとめた。
赤いスカートがふわっと広がる。
「よしっ!」
後ろで初子が気合いを入れた声を立てる。
美和が振り向くと、初子も上半身をねじった不安定なかっこうで、三脚の上のカメラをその友梨咲とシュー君のほうに向けてスマイルしている。
美和にもそのスマイルを向ける。
右手は三脚のレバーを握り、左手であのレリーズを押したところだった。
シュー君が友梨咲に跳びついた瞬間を撮るのに成功したらしい。
何?
自分も転びそうになりながら写真を撮る写真家
やっぱり、戦場カメラマンのお父さん譲りなのかな?
「くうーっ。くぅーん」
声を立てて友梨咲の顔のほうに自分の顔を突き出すシュー君を、体勢を立て直しながら友梨咲が右手と左手を交互に動かして
シュー君。
後ろから見ると、青いマントがかっこいい。
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