第14話 困る友梨咲

 今度は友梨咲ゆりさのポーズを決めるのに時間がかかった。

 最初は、両手を軽く拳に握って肩の横まで上げ、顔を上げてスマイルしたポーズを見せたのだけど、初子はつねは納得しないようだった。

 「うーん」

と初子が声を立てる。

 「美和みな、どう思う?」

と、その箱のようなカメラの前の場所を半分空け、美和をふり返って言う。

 のぞきこんでみて欲しい、ということらしい。

 シュー君のリードには余裕があるので、行く。カメラをのぞく。

 目を閉じたシュー君は動かない。

 初子と肩を寄せ合う。

 くすぐったい。

 それで、カメラのファインダーというものに映っている友梨咲を見る。

 さっきの全身像では、友梨咲は小さいサイズだった。

 「学校の坂道に立つ友梨咲」という、そのままの感じだった。

 今度は、後ろの学校と坂道とちょっとだけ空の景色は背景で、写真の主人は友梨咲だ、という感じが強い。

 でも、何か感じがちがう。

 友梨咲の姿も、たしかに友梨咲がポーズをとっているところだけど。

 それに、学校も、ちょっと、見た景色と違うみたいだけど。

 「あ」

と初子が言う。

 「前も言ったけど、上下はあってるけど、左右が逆だから」

 ああ、何かそんな話をしていたな。

 でも、そのときに撮った小清おさやかやまの山頂はまるくてで、左右が逆になってもあまり違和感がなかった。

 人間の表情や建物って、左右が逆になると、わりと感じが変わるんだな、と美和は思う。

 顔を上げて、友梨咲が作っているポーズを見て、また、その左右がひっくり返ったファインダーのなかをのぞく。

 もういちど友梨咲を見ると、友梨咲が自信なさそうにスマイルを消して行く。

 早く言ってあげないと、と、美和は思う。

 何か違うとは思うのだが。

 何が違うのだろう?

 美和は、もういちど、ファインダーのなかを見た。

 直接に見ると全身を見られるのだけど、写真として切り取られるところは上半身だけなので。

 上半身を見ただけでは、何をやっているのかわからない、ということが大きいみたいだ。

 「あのさ」

と、美和がファインダーから顔を上げて、その自信をなくしかけている友梨咲に言う。

 「いまのポーズだと、なんか、体操をやってる途中の一場面、みたいに見えてしまうんだけど」

 いま思いつけるのは、その表現しかないのだけど。

 初子が

「ああ、なるほどぉ」

と言って、やっぱり友梨咲のほうに顔を上げた。

 初子の姿勢は中腰のままだ。

 友梨咲が、困ったように手を下ろして、首を傾げた。

 「じゃあ……」

と下ろした右手を上げて胸の前まで持ってきて表情を曇らせ、眉を寄せてこっちを見る。

 何か、不満そうだ。

 その表情を見たとたん

「あっ、それっ!」

と声を立てて、慌ててそのレリーズでシャッターを切る。

 初子が。

 はいっ?

 あまりに急いでシャッターを切ったので、美和はスマホで同時撮影するのが間に合わなかった。

 ……ので、やってない。

 初子が、いっそう高い声で言う。

 「いまの困った表情、すごいいい!」

 その声には艶もある。

 「ああ」

 友梨咲は、なおさら、どんな表情を作っていいかわからなくなったらしい。

 もしかすると、その困った表情を写真に撮られたことすらわかっていないのかも知れない。

 初子は、中腰のまま、カメラの何かをぐるぐる回して、まだ何かをやっている。

 友梨咲は、唇を結んで、ちょっとむくれたっぽい表情になった。

 そこで

「あのさあ」

と、美和が友梨咲に言う。

 「友梨咲としては、どんなところを撮ってほしいわけ?」

 自分でポーズを決められないなら、友梨咲に「撮ってほしい場面」を聞いて、みんなでポーズを考えればいいと思ったのだ。

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