第53話 女子トーク(2)

 「でも、だいたいほんとのこと。まあ、もうちょっと言うとね」

西にし香純かすみ巡査長はぱさぱさっとやって髪を整える。

 このひと、髪の質が硬いのか軟らかいのか、軟らかいのを整髪料か何かで硬くしてるのかも、よくわからない。

 「事故でホープ号が死んで、内々に処理したことはだいたいわかってたんだけど、そんな話が広がってあの牧場にお客が来なくなったらどうするんだ、って、担当者が捜査を打ち切ったんだよね。これ、いま外にばらすとかなりややこしいことになるから、黙っててほしいんだけど」

 「ええ」

 初子はつねはシュー君を撫でる手を止めて、うなずく。

 「いいですけど」

 「あれから何年も経ってるのになんでややこしいことになるんだ、って質問もなしね」

と、西香純巡査長は続けて言う。

 「それも、いいですけど」

と初子は言って、シュー君を撫でるのを再開する。

 「ま」

と西香純巡査長はスマイルする。

 「ともかく、わたしって、その馬車鉄道の馬、かっこいい、って思って。で、騎馬警官になりたい、と思って警察官になったんだから」

 「はいっ?」

 初子が、さっき「いいですけど」とか言ってたときとはぜんぜん違う、明るい、高い、間の抜けた声を立てた。

 「馬に乗りたくて、警察に入ったんですか?」

 「そう」

 西香純巡査長は、軽くうなずいた。

 「で、警察に入ったら、馬術競技とかも出られるかなぁ、とかさ」

 西香純巡査長が言う。

 親しみの持てるお姉さん、という感じで。

 「出られますよね?」

と初子がふしぎそうに言うと、

「それがさあ」

 愚痴モードの西香純巡査長。

 「職務態度不良の問題警官をそんなものに出してくれるはずもなく」

 「ぜんぜん職務態度不良には見えませんけど?」

 初子は食い下がる。

 「それがさ」

と、西香純巡査長がおもむろに腕時計を見る。

 スマートウォッチとかではなく、おしゃれな感じの、女性っぽい腕時計をつけている。

 「こうやって、時計見て、「あー、ちこくちこく!」とか言ってるような警官だから」

 ちなみに、「ちこくちこく」とか言いつつ、緊張感、ぜんぜんなし。

 初子を含め、みんなわけがわからない。

 こういうときは、と、美和みなが、みんなを代表して言う。

 「つまり、いま遅刻しそうになってるんですか?」

 「うん」

 緊張感ゼロのまま西香純巡査長が言う。

 「つまり、わたしたちが撤収しないといけない?」

 「うん」

で、巡査長はきまり悪そうに笑って

「ごめん」

と言う。

 「あ、紙コップとかそのままでいいから。それと、そのかわり、シュー君もいっしょに車で送ってあげる」

 シュー君の名まえ、覚えた。

 まあ、めったにない名まえだからな。

 それはわかるが、それより。

 その親切な申し出に異論を言うとよくないような気はするのだが、美和が、それでも、言う。

 「そんなことしたら、よけいに遅れません?」

 「家、どこ?」

 「白姫しらひめ神社の向かいですけど」

と、初子が答える。

 「じゃ、OK」

 「あと」

と初子が

「牧場から、花束とお酒は?」

ときく。

 右馬うますけさんが置いて行ったそういうものを回収する、と言っていた。

 西香純巡査長は、

「あー、それだねぇ。忘れてたねぇ」

と言う。

 やっぱり……。

 巡査長は、ちょっと考えてから

「どっちにしてもいま時間ないから、昼にパトロールに出たときにこっちに回って、回収するわ」

と答えて、肩をすくめて見せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る