第10話 友梨咲が通った中学校

 シュー君はリードの限界まで先に行って、こちらを振り向き、口を開けてしっぽを激しく振っている。

 「早く来て早く来て」と催促している。

 しかたないじゃない。

 シュー君にとってはたいした坂道ではないのかも知れないけど、人間の女の子にとってはきつい坂なんだから。

 神社の森がようやく終わる。

 急な坂道はもう少し続く。

 道の右側に、コンクリートの高い崖がどーんと立ち上がっている。

 その崖は斜めに四角に区切られた白いコンクリートが二階建ての家よりも高いところまで続いている。

 もしかすると、二階建ての家がタテに二つ、四階ぶんくらいあるのでは?

 そのコンクリートの崖に沿ってさらに急な坂を登ると、その崖の上に続く、斜めのだらだらの坂道が現れた。

 ここもコンクリートで舗装ほそうされている。

 上には、クリーム色に塗ったコンクリートっぽい壁とガラス窓がちょっとだけ見えている。

 神社の森の上は、コンクリートで固められた何か?

 謎の要塞とか?

 シュー君がせかすのにもかかわらず、ゆっくりと歩いていた初子はつね

友梨咲ゆりさ、三月までここに通ってたんだよね?」

と言う。

 ここ?

 「うん」

と友梨咲はうなずいて、足を止める。

 「ひと月前にはまだここの生徒だったんだよね。近いからって油断したら、ここの坂、一分で駆け上がることになってけっこうつらかったりして」

と笑う。

 たしか、友梨咲は中学受験をして川路かわじ学藝中学校というところに行った。

 川路の中学校としてはトップクラスではないけど、それに次ぐぐらいのレベルの学校だ。

 たしか、白姫高校の近くのどこかにあったはず……。

 「ああ!」

 美和みなも足を止めた。

 初子と友梨咲の会話に追いつくことができた。

 同時に、やっと謎のコンクリートの要塞の正体がわかった。

 驚く。

 「学藝ってこんなところにあるの?」

 つまり、この、神社の森のさらに上、コンクリートで固められた崖の上に。

 急な坂道を登った上に。

 「そうだよ」

 友梨咲が美和を見て、目を大きく見開いた。

 「えっ? 美和、知らなかったの?」

 友梨咲が言うと、初子も同じように振り向いて、美和を見つめる。

 うそをついてもしようがないので

「うん」

と答えた。

 「だって、清華せいかのすぐ近所だよ?」

 たしかに、美和の家がやっている店清華からは、バス停一つしか離れていない。清華から歩いても神社まで十分、だからここまで十五分という距離だ。

 しかし、知らなかった。

 「ぜんぜん気にしたことなかった。ここの坂道、しらこうの制服とは違う、ジャンパースカートの制服の子がよく通るな、とは思ってたんだけど」

 悪いけど、男子制服はどんなのか、まったく印象に残っていない。

 ちょっと口ごもってから続ける。

 「白高よりもっと上に学校があるなんて思わなかったよ」

 白姫しらひめ高校が「学校に行くのに坂を上がらないといけないから不便」とか言われているのに、そこからさらに急な坂を登った上に学校があるなんて。

 「まあ、さ」

と友梨咲が笑う。

 「そこの神社の森が大きすぎて、下からここの校舎、見えないんだよね」

 たしかに、と思う。

 思ったところに、

「わんっ! ……わんわんっ!」

 人間の女子三人の立ち話に、シュー君が「何を三人ではなししてんだよ! 早く行こうよ!」と催促する。

 そのシュー君の声にもかかわらず。

 「あ、じゃあ」

と初子があの澄んだ高い清純声で言った。

 「ここのコンクリートの坂のところで、友梨咲の、卒業後の記念写真撮っとこうか。制服ではない姿で、ここに立ってる、っていう」

 言って、初子は、持っていたバッグを下ろして、そのファスナーを開け始める。

 「わあ、嬉しい」

という友梨咲の反応!

 無視されたシュー君!

 「わんっ! わんっ!」

 シュー君がさらに催促する。

 いいのかな、無視して。

 そう思ったところに、軽く膝をついて三脚とカメラを出していた初子がシュー君のほうに顔を上げた。

 「くうっ?」

 初子に見つめられて、「早く行こうよ」と催促するのをやめたシュー君!

 しっぽを振りながら、たったったったっと初子のほうに戻って来る。

 バッグのなかをのぞこうとする。

 何が入っているか、気になったらしい。

 もしかして、宿敵の猫がバッグから出て来るとでも思ったのかな?

 しかし、バッグをのぞきこむ前に、シュー君は初子につかまってしまった。

 「あーっ、よしよしよしよし! ほらほらほらほら! うーんシュー君元気だねぇ。元気だねぇシュー君! あとでシュー君も記念写真撮ろうね! 撮ってあげるね! ねーっ! あー、よしよしよしよしよしよし!」

 またのどの下から顔の横から耳のつけ根と撫で回されるシュー君!

 「くぅー♪ わんっ♪ くぅーっ♪」

 ……また、猫っぽい初子に丸めこまれてしまった。

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