第11話 古いカメラで写真を撮る(1)

 そのコンクリートの坂道に向けて初子はつねが三脚をセットする。

 美和みなたちが上ってきた道路のほうにはみ出てしまうと車が通るかも知れないので、コンクリートの坂道が始まるぎりぎりのところに三脚を置いた。

 ここは正確にはその学藝がくげい中学校という学校の土地なのだろう。

 でも、もしここの学校のだれかが来て、なんでこんなところで写真を撮ってるんだ、と言ったとしても、「三月に卒業した子が母校に上る坂で記念の写真を撮ってるんですけど」と言えば許してもらえるだろう。

 三脚に取りつけたのは、初子が美和の家の屋根に現れたときに使っていた、黒い小さい箱のようなカメラだった。

 ここまでの手際のよさから、初子がその作業に慣れているのがわかる。

 「今日は、フィルムに余裕があるし、換えのフィルムも持って来たから、何枚か撮ろう」

と初子が宣言する。

 その作業のあいだ、シュー君は友梨咲ゆりさにリードを持ってもらって、その初子のほうを見つめてしきりにしっぽを振っていた。

 美和は、それを見て、「犬は嬉しいことがあるとしっぽを振る」ってこれのことか、とぼんやり見ている。

 しかし。

 シュー君は、そんなに猫っぽい初子が好きなのだろうか?

 シュー君、ほんとうに猫嫌いなのか?

 「あ、じゃあ、美和、シュー君、お願い」

 は?

 言ったのは初子だったが、それにこたえて、友梨咲が美和に近づき、恥ずかしそうに笑って美和にリードを差し出した。

 色白の顔の恥ずかしそうな表情が華やかに見えるのは、この友梨咲の得なところなのだろうけど。

 というところで、美和はやっと自分の役割を理解する。

 「ああ」

 つまり、初子がカメラを操作して、友梨咲が写真に写るのなら、シュー君を見るのは美和しかいないわけだ。

 「うん」

と美和がリードを受け取ると、友梨咲はコンクリートの坂道のほうに行こうとする。

 「あ、友梨咲」

と初子が声をかけた。

 「よかったら、自分のスマホ、美和に預けて」

 はっ?

 いや、美和はシュー君の見守り係なんだけど。

 「美和、よかったら」

と、カメラの上に中腰で中途半端に屈みこみながら、初子が言う。

 美和と初子が最初に会ったときに、初子がしていたように。

 「わたしの横に立って、友梨咲のスマホでさ、友梨咲撮ってあげて」

 「はい?」

 また、その箱みたいなカメラとスマホの二台で撮る、というのだろうか?

 しかし、今日は、あのときと違って、シュー君がいる。

 「いや、わたし、シュー君、見てるんだけど」

と美和が言うと、初子は、その長い髪が前に落ちないように手を肩のところにやって振り向いた。

 「無理だったらいいんだけど」

と初子が言う。

 「これ、フィルムカメラだから、どんなのが撮れるか、友梨咲にわからないでしょ? だから」

 「ああ」

と美和は納得した。

 「そうか」

 美和も、美和と初子の二人で撮った写真を初子からもらったのは、何日も経った後だった。

 そのときには、二人でその写真に写ったこと自体を忘れかけていた。

 友梨咲も、「フィルムカメラだから何日か待って」と言えば待つだろうけど、でも、自分がどんな感じで写真に写るか、やっぱりすぐにでも知りたいだろう。

 だから、美和が、友梨咲のスマホで、初子が撮ろうとしている写真に近いものを撮る、というわけだ。

 「わんっ!」

 シュー君が吠える。

 うーん。

 美和に顔を向けてしっぽを振っているから、不満なわけではなさそう。

 不満ではないのだろう、ということにする。

 でも、初子を見ているときとは表情が違う。

 警戒されている?

 警戒というより、

「あっちのおねーちゃんは合格だけど、このおねーちゃん、だいじょうぶなんだろうな?」

と観察されている。

 そんな感じ?

 でも、シュー君がいきなり飛びかかって来る、ということはなさそうだ。

 「じゃ」

と美和は友梨咲からスマホを受け取った。

 シュー君のリードを左手に持って、右手に友梨咲のスマホを持って、初子の横に移動する。

 リードには余裕があるので、シュー君まで動かなくてもいいはずだが、シュー君も移動してきて美和と初子の横にちょこんと座った。

 かわいい!

 手が空いていれば、まあるい頭を撫でてあげたいぐらいにかわいい。

 「あ、もうちょっと前」

 初子が言う。

 友梨咲に立つ位置を教えているらしい。

 「ごめんね。このカメラ古いから、ズームとかできなくて、被写体に動いてもらうしかないんだけど。最初は全身像、行こうか。後ろに、空、入ったほうがいいよね?」

 初子がてきぱきと確認を取る。友梨咲を写す構図を決めているらしい。

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