第47話 馬と人間(6)

 「残ったラブちゃんと、グリーンちゃんと、クロちゃん」

 「クロ」が「黒」だとすれば、「クロちゃん」だけネーミングの感覚が違うのでは?

 別に、いいけど。

 「くび君」だから「シュー君」に勝てるネーミングはなかなかないと思う。

 そのシュー君は初子はつねの膝枕でよく寝ている。

 「ラブちゃんはおれが育てた。だから、ひいき目はあるかもしれんが、いちばんよく働く、気立てのいい馬だった」

右馬うますけさんが言う。

 「グリーンちゃんは性格がおおらかだったんだが、おおらかすぎて気が散りやすくて、停まっていないといけないときも、右を向いたり左を向いたり、落ち着かなかったし、ブレーキを解除するまえに歩き出したりとか、あった。夏なんか、気もちいい風が吹いてきたら、立ち止まって風に当たったりするんで、絵にはなるんだが、馬車はそれだけ止まってしまうわけで」

 風に当たって涼むグリーンちゃん。

 美和みなは、ふと、浴衣ゆかたを着て立ち止まり、夏の風に当たって涼んでいる友梨咲ゆりさの姿を想像した。

 その友梨咲を、初子が撮りに来る。

 そう。

 そのホープちゃんだって、進入禁止のところに進入してフラッシュを焚いたような鉄道マニアではなく、初子があの箱みたいなカメラで撮影したのだったら。

 いい写真になっただろう。

 初子は、それに美和も友梨咲もシュー君も、そのころは生まれていないから、最初から無理なことだけれど。

 右馬之祐さんが続ける。

 「それで、クロちゃんはひんだったけど」

 「あ、メスの馬ってことね」

西にし香純かすみ巡査長がすかさず説明を入れる。

 メスと聞いてシュー君が薄目を開けた。

 なぜ?

 人間の女に囲まれて、それでもメスの馬が恋しい?

 「うん」

と右馬之祐さんはうなずいた。

 「気位が高くて気難しかったし、あと、馬車を引くにしてはちょっと力不足で。その、問題の鉄橋の前に坂があるんだが、そこで立ち往生して、お客に馬車を後ろから押してもらったこともあったそうな」

 「あったそうな」ということは、右馬之祐さんは自分では知らないのだろう。

 「それで」

と薄目を開けたシュー君の背中をマントの上から撫でてあげながら、初子がきく。

 「ラブちゃんに負担が集中した、ということですか?」

 「うん」

と言って、右馬之祐さんは続ける。

 「ラブちゃんが走って、次、グリーンちゃんが走って、またラブちゃんが走って、クロちゃんが走って、っていう順番だったな。それで、冬、たぶんまだ路面が凍結してたんだろうけど、そこで滑って。あとから考えると、そのときに膝を痛めてたんだろうが、そのころは、おれも、ほかのスタッフも、骨も折れてない、捻挫ねんざもしてない、ってことで、ラブちゃんを働かせ続けた」

 右馬之祐さんはちょっとだけことばを切る。

 「ただ、それまで、ラブちゃんは仕事に出て行くのをいやがったことは一度もなかったんだけど。クロちゃんとかはよくあったけどな」

と言って、少しだけ笑う。

 続ける。

 「ラブちゃんはそれがなかったのが、そのころから、ごくたまに、だけど、厩舎きゅうしゃから出て行くのを嫌がるようになった。でも、冬だったからな。それは寒いのがいやなんだろう、って、その子みたいに服を着せて温めてやって」

 「その子」というのはシュー君のことで、シュー君のマントのことを言っているらしいけど。

 これ、寒さよけではないらしいのだけど。

 でも、よけいなことは言わない。

 「それで、寒さがようやく終わって、あったかくなってきた、ほんとに、ちょうどいまぐらいの気候のころ、だ」

 右馬之祐さんは話し始めたときのようにブルーシートに目を伏せた。

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