第34話 問い詰める初子、コラボするシュー君

 居直るどころではなかった。

 「うわっ! 痛い! いたい! 痛い、いたいって!」

 男は「痛い」に緩急をつけて言いながら立ち上がる。

 「わんっ! わんわんっ! うーっ! うーっ!」

 怒るシュー君。

 男が立ち上がったところで、初子はつねは手を放した。

 ここで男がいきなり初子の顔面をパンチ! そして逃げる……。

 ……という展開も考えたので、美和みながいつでも割って入れるように身を乗り出す。

 そうはならなかった。

 「なんだよ、いきなり乱暴しやがって」

 不満たらたら口調で男が言うと。

 「あなたがこの子を突き飛ばしたんでしょ? そのことをまず謝ってください!」

 初子。

 本気で怒ってるなぁ。

 「だって、こいつが……」

と目を伏せぎみにして友梨咲ゆりさのほうに顔を上げようとする。

 「はいっ?」

 初子がきつい声で言う。

 男は首をすくめた。

 「はい。いや」

と、こんどは手をおなかの前に揃えて、だらんと垂らして。

 「すみません」

と言い、だらしなく、頭を下げる。

 「あ、いえ」

 友梨咲が、あのきらきらした布で覆ったような声を立てる。

 初子の清純声とも、また違うんだよな。

 「べつにけがとかしませんでしたから」

 「わんっ! わんわんっ! うーっ!」

 シュー君はまだ怒っている。

 「じゃあ、わたしも」

と、白い革のジャケットに白い革のスカートの初子が言う。

 「ちょっと危ないことをやり過ぎました」

 右腕で自転車に乗った男の首を力いっぱい引っかけようとしたことを言っているのだろう。

 「すみません」

 あっさりと、謝る。

 「わんっ。わんわんっ」

 シュー君が吠える勢いはさっきより弱まったけれど。

 シュー君だけでなく、美和も、まだ男が居直るのを警戒している。

 「それで」

と美和が言う。

 「わんっ。わわわんっ。わんっ!」

とシュー君が伴奏をつけるように吠える。

 「あんなところで、何をしていたんです?」

 声の大きさは普通のしゃべり声に戻ったけど、声の張りはまだ怒っているようだ。

 「いや、それは……」

 男が目を伏せて、答えを拒む。

 「だって、入っちゃいけないところでしょ?」

 初子の声は落ち着いていく。

 「入っちゃいけない」ということばで、男が眉をひそめたのがわかった。

 だが、何も言わない。

 「わたしたち、警察に言ったりしませんから」

と初子はさらに落ち着いた声で言った。

 スマイルもして見せた!

 「いや……」

 男がうなると、シュー君が合わせて

「うーっ」

とうなる。

 だれとコラボしてるんだ?

 シュー君……。

 そこに、さっきのレモン色の自動車がすーっと近づいてきて、速度を落とす。

 車を道の左側に寄せて、停まった。

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