第33話 追跡は続く
シュー君のリードは、今度は
男は、ママチャリに乗り慣れていないのか、何度もふらつきながら、懸命に逃げて行く。
三人とシュー君が来た、
この追跡劇も、たぶん、ここで終わりだろう。
美和は、初子のスマホを出す。
ジャンパーにしまったときに撮影が切れたかなと思ったが、続いていたようなので、ママチャリで逃げて行く男を撮り続ける。
もし、警察に提出するならば、この動画がある。
警察に言わないのなら、これで終わりだ。
次にここに来るときに、仕返しとかされるといけないから注意しよう。
それで終わり……。
……ではなかった!
「逃げないで、待ちなさいっ!」
絹を引き裂くような、というのがぴったりだ。
さっきより一段も二段もレベルが上がった声で叫ぶと、初子はダッシュした。
しかも、初子は、いきなり青い瓦の家の並びへと姿を消した。
家と、向こう側のゆめ牧場の柵とのあいだへ行ったらしい。
何をするのだろう?
もしかして、そこに自転車か何か、男の自転車を追跡できる道具がないか、探りに行ったのだろうか?
「わんっ! わんっ!」
シュー君。
初子を追うか、男のほうを追うかで、迷っているらしい。
「行こう!」
美和が、男の自転車を後ろから追跡する。
男は自転車に乗ってあいかわらずふらふらしている。
だが、勢いがついてきた。
シュー君が駆ける。
そのシュー君に引っぱられ、美和も走る。また撮影をあきらめる。
美和から少し遅れて、初子の撮影道具を持った友梨咲が追ってくる。
男の仲間がいて、後ろから友梨咲を不意打ちしたら、という思いがよぎる。
ちょっとだけ振り向いて友梨咲を確認する。シュー君に引っぱられて走っているので、よそ見は最小限にしないと危ない。
友梨咲はきっちりついて来ていた。
それと、振り向いたときに、あのビニールハウスのような車庫のレモン色の自動車に、だれか人が乗り込むのが見えた。
ああ、人が住んでたんだ。
そんなことで安心している状況ではない。
でも、やっぱり、このまま男が逃げ切って終わりだろう。
ママチャリで勢いに乗り切れない男だったが、次第に走りは安定してきている。
そして、男の前には坂道がある。
美和と初子と友梨咲とシュー君が上ってきたときには上り坂だったが、いまのこの男にとっては下り坂だ。
ママチャリとはいえ、自転車でこの坂を下られたら、その勢いに追いつけるものではない。
だが。
「待ちなさぁーい!」
横の藪から初子が飛び出した。
藪ではなく、高く伸びて枯れた雑草のなかから。
男の前に立ちはだかる。
この道は、青い瓦屋根の家の一列の横を回っているので、それだけ遠回りになっている。
家の向こうを通ることで、初子は先回りしようとして、成功したのだ。
しかし。
道のまんなかに、両手を左右に拡げて立ちはだかる初子の体めがけて、男は力いっぱいペダルを漕ぐ。
初子をはね飛ばす気だ。
「初子、危ない!」と声を立てたいが、シュー君のリードをコントロールするだけで手いっぱいだ。
男に当たられそうになって、初子は右へととびのいた。
男に道を譲った。
だが。
そこを男が自転車で通過しようとしたとき、初子は右手を後ろに回して、勢いをつけて男の首を
これ。
当たって自転車から落ちたら、もしかすると致命傷。
その初子の一撃は避けたけれど、それで急ハンドルを切ったせいで、男は自転車のコントロールを失った。
「うわぁわぁわぁわぁーっ……」
情けない声を立てて、坂道に自転車ごとひっくり返る。
男の体を残して、自転車は坂道をしばらく滑っていった。
しゃーっ。
からからからっ。
自転車の車輪がむなしく回り、チェーンが空回りする音が、響く。
間が抜けた感覚。
初子は、倒れている男の右腕に自分の右腕を入れて、思い切りよく引っ張り上げた。
いや。
やばい。
やばいって。
男が居直ったらどうするつもりだよ?
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