第37話 警察の犬

 「あなたが、先週も、その自転車でここに来て、あの建物に入り込んでるのは見てましたし、その前の週も、ですよね?」

 そう言って、西にし香純かすみ巡査長は自転車のハンドルから手を放す。

 「おっ」

 男、たぶん「矢畑やはたさん」が、これまでよりも段違いに、がたがたと声を震えさせながら、言う。

 「おれは、逮捕されるのか?」

 これは、ハンドルから手を放されても、逃げられないよね。

 「ああ、まあ、住居不法侵入とか、そういうのは成立するかも知れませんね、よくわからないけど」

と西香純巡査長は言う。

 「わたしっ、法律は詳しくないんでっ」

 楽しそう。

 これは、何?

 警察官が法律に詳しくないわけはない。

 逮捕前に犯人をいたぶっておびえさせる、とかいう、警察の捜査方法?

 「でも、わたし、刑事部じゃありませんしぃ。ま、刑事部にいたこと、ありますけど。ま、どっちかというと、職務態度の悪い不良警官ですしぃ」

 何それ?

 「だから、もちろん逮捕状とかもないわけでぇ。だから、逮捕とかしないですから、ちょっと、話を聴かせてもらえません?」

 「あ、ああ」

 これは、拒否できないよなあ。

 矢畑さん。

 だって、ここで拒否したら、西香純巡査長、その平和へいわまちの家までやって来て

「あのぉ、今度は逮捕状持って来たんですけどぉ」

とか、言いそうだから。

 と思ったら!

 「ねえ、あんたたちも来てくれるよねえ?」

 「あんたたち」というのは、娘、というか、少女三人のことだ。

 何?

 そのれ馴れしいの!

 巡査長。

 その、輝いているような明るい表情。

 矢畑さんは逮捕しないと言ったけど、こっち三人には、逮捕しないとか補導しないとかは言ってない。

 しかも、もしかして「生活安全課」というのは。

 犯罪者の逮捕よりも、中高生の補導を専門にしているところでは……?

 美和みなと、初子はつねと、友梨咲ゆりさで顔を見合わせる。

 ところが!

 「ねーっ。いっしょに来てくれるよねぇ! いい子だもんねぇ! いっしょに来てくれるよねー! ねーっ」

 西香純巡査長に、まあるい頭を撫でられ、顎の下を撫でられ、とても気もちよさそうなシュー君!

 全力でしっぽを振って、

「わんっ! わんっ!」

 ……シュー君が最初に落とされてしまった以上……。

 行くしかないよね。

 それにしても、シュー君、ほんと。

 警察の犬だな。

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